都での生活 実践編 前編
Sideコニー
今日は朝からポチはいない。
お友達の青い竜さんと、近くの山までピクニックに行くらしい。飛ぶ練習をしながら行くそうだ。
なにやら最近、ポチはもっと上手に飛べるようになるための特訓をしていた。おじさんの家の屋根から飛んでは落ちてを繰り返していた。最初は何か新しい遊びを始めたのかと思ったら違ったらしい。
特訓のせいで黒い毛が灰色になり、ポチを拾ったときの毛玉を思い出したコニーである。
上手に飛べるようになったら、きっとコニーだってピクニックに誘ってくれるだろうと思う。その時のために、ポチの言葉がわかるように頑張っているコニーなのだった。
そんなわけで、コニーは朝から一人で学校に行っていた。
ポチがいないと通学途中もおしゃべり相手がいなくてつまらない。けれどもポチだって、がんばっているのだから我慢だ。
ふと、コニーはひらめいた。
「そうだ、歌いながら行こうっと」
つまらない道のりを楽しくする、良いアイデアのように思われた。
「あ~る~はれた~ひ~る~さがり~い~ち~ば~へつづ~くみち~♪」
けっこうな音量で歌い始めたコニーを、道行く人はぎょっとして振り返る。
「ドナドナド~ナ~ド~ナ~♪」
コニーが歌っているのはあの有名な、荷馬車で子牛が売られてゆく歌だ。朝のさわやかな時間に歌う歌ではない。まさに市場の通りを抜けながら歌うには、なんとも場違いで哀愁を漂わせる歌である。
周囲の通行人も、歌を聞いて重苦しい気持ちを背負って歩いている雰囲気である。周囲を巻き込んだ、完全にコニーの選曲ミスであるが、本人は全く気にしていなかった。
コニーが歌いながら、大きな広場に差し掛かった時。コニーの頭上を、突然大きな影が覆った。
「あれ?」
コニーは急に暗くなったので、ビックリして歌うのをやめ、空を見上げる。歌がやんだことにホッとした様子を見せた通行人たちも、コニーと同じように空を見上げる。
次の瞬間、ドシンと大きな音を立てて地面が揺れたかと思ったら、なにやら白いふさふさしたものが、コニーの視界一面に入ってきた。
「おや、このあたりでうちの坊やの匂いがしたはずなんだけどね」
コニーの頭上から声がしたが、白いふさふさに埋もれてしまったため身動きがとれない。
「むぐっ……」
「あらら、何かいたようだね。ごめんよ」
コニーがもがいていると、白いふさふさが気付いてどいてくれた。コニーと同じように埋もれていた通行人が、這う這うの体で救助される。
「なにー?」
白いふさふさの全体像が見えないので、コニーは見えるまで後ろに下がった。広場から出るまでさがった。
果たしてそこにいたのは、白いふさふさの生物であった。
「……でっかい犬」
どうやらコニーを圧迫していたのはこの白いふさふさな大きい犬のお腹であったらしい。
「つぶしてしまってごめんよ、人間の坊や」
うっかりつぶしてしまったことを謝った白いフサフサが、コニーに尋ねた。
「人間の坊や、うちの坊やを知らないかい?」
こんなでっかい犬っぽい生物の坊やというのは、もちろんすっごく大きな坊やに違いない。コニーはそこまで考えたところで、ふと思い出した。フサフサの犬っぽい生物だったら、身近にいるではないかと。
「もしかして、ポチのこと?」
コニーの言葉に、白いフサフサがぐっと顔を近づけた。急に動いたことで、フサフサの毛に巻き込まれた被害者が多数出る。
「知っているのかい!?」
勢い込む白いフサフサに、コニーは頷く。
「あのねぇ、黒くてフサフサで犬っぽいのなら、僕仲良しだよ」
「黒い毛皮! それは坊やの特徴だ!」
キラリン、と白いフサフサの目が輝く。犬っぽいという表現は無視らしい。
「もしかして、ポチのとーちゃん?」
コニーが尋ねると、白いフサフサが急に頭を上げた。毛に巻き込まれていた被害者が、コロコロと転がっていく。
「そうとも! ようやく見つけたんだよ!」
白いフサフサが目をウルウルさせている。ということは、白いフサフサは竜だということだ。しかも、ポチを引っ越し最中に背中から落としたまま、気付かずに去っていったという。「なるほどなぁ」とコニーは思った。この竜はなんだかいろいろ、雑そうだ。
感動の再会を果たした気になっているのか、感激しているフサフサな竜に、コニーは水を差した。
「あのねぇ、ポチは今いないよ? 友達の青い竜さんとピクニックにでかけているんだ」
「なんと、すれ違い!?」
ポチの父親はすれ違ってしまったことがショックで、しょんぼりしてしまった。コニーはその姿が、うっかりおやつを落として食べれなくしてしまったポチの姿とダブった。
「今日の夕方には帰るって言ってたから、一緒に待つ?」
「そうさせていただこうか!」
しょんぼり竜が復活する。
こうしてコニーは、一緒に待っていることにしたのだ。
ポチの父親は子供の生活ぶりが気になるらしいので、普段のポチのスケジュールを教えてやった。
朝から特訓して泥だらけになって風呂へ入り、コニーと学校へ行ってなんだかんだでもみくちゃにされて風呂へ入り、おやつを食べて食べかすだらけになって風呂へ入りと、ポチは意外と忙しい。
ポチの父親はその中で、学校という場所に興味を示した。
「うちの坊やはいつも行っているのかい?」
「そうだよ、俺と毎日学校に行くの」
コニーはせっかくなので今日一日ポチの父親と一緒に行動して、ポチの一日を体験してもらおうと考えた。
このとき、都は未確認の竜来襲の知らせでてんやわんやあった。当然、コニーが学校についたとき、学校は大騒ぎになっていた。なにやら白くて大きいものが学校を目指して歩いてくれば、騒ぎにもなるだろう。
「せんせー! おはよーございます!」
しかし、白くて大きいものをつれてきた当の本人は、その騒ぎの原因が全くわかっていなかった。
「コニー! その、いや、そちらの竜はなんなのだ!?」
見知った先生が、すごく遠くから問いかけてくる。なんで近くまで来ないのだろうかと不思議に思いつつも、コニーは先生まで届くように大きな声で答えた。
「せんせー、こっちの白いふさふささんは、ポチのとーちゃんです!」
ちなみに今コニーがどこにいるのかといえば、ポチの父親の背中の上である。コニーは背中の白い毛に埋もれそうになっていた。
「邪魔はしないから、一日よろしくたのむよ」
「今日は一緒にお勉強するんだー」
「……はぁ」
ポチの父親の言葉を通訳したコニーに、先生はひきつった笑みを浮かべた。




