プリンセス転生~こちら格安となっております~
全身のありとあらゆる穴という穴から血を吹き出しながら、あたしは思った。
『あ、これ死ぬやつだ』
と。
「毎度どうもいらっしゃいませー!」
明るい声は唐突にかけられた。
わたしの顔面が崩壊してなければ、キャッと悲鳴の一つも上げたことだろう。そのくらいにはまあ、びっくりした。
だがしかし、食パンくわえて角を曲がったら4トントラックにひかれたときほどの衝撃ではない。あたしはわりと冷静に、その男を視認した。
美少年である。年の頃は十五、六。黒壇色のつやのある肌に、赤い瞳。漆黒の髪は足首まであり、黒いマントとの境目がわからない。腰のあたりには一対の翼。これまた黒色の、ウロコと爪が生えたやつ。
『あ、これ悪い系のやつだ』
あたしは確信した。
しかし彼はヒョイと手を挙げ、いとも軽々しくひょうきんに、あたしの顔をのぞき込んだ。
「やあどもども、うーん盛大にスプラッタになりましたねー! おつかれっ!」
……労ってる?
「いやあ災難でしたね。えーっと、残念ですがあなたもうすぐ死にます、あと二秒で死ぬってところで時間止めて話しかけてますのでこれは確定です」
……うん、まあ理解してるよ。ていうか一命取り留めてもこんだけ細切れだとね。さすがにちょっと生きていきづらそうだしもういいよ。
「というわけでこのあと冥府にいっていただいて。で、異世界へ転生してもらいますけどもどんなんがいいですか?」
えっ。転生? ……しかも選べるの?
あたしの疑問を察したか、あるいは心の声が聞こえるのか、黒い少年はにっこり笑う。
「はい、あなたの望み通りに! いわゆる剣と魔法の異世界にですね、その魂を持って行って転生させると。……といっても、あなたの意識がよみがえるのは対象が物心ついてから、ふと前世を思い出すって感じになるんでタイムラグがありますが。……あっでも、当人の感覚としては一瞬後です。今すぐ生き返り、別の人間に憑依して人生リ・スタートってかんじですねぇ」
赤い唇がニヤリと持ち上がる。あっやっぱりこの人悪いやつだ。犬歯が超とがってるもん。
だいたいおかしいでしょ。なんでそんなウマい話を、あたしみたいな何の変哲もない女子高生にかけてくるの? あたしを異世界に転生させて、彼に何の得があるんだろう。
「ああ、わかりますわかります。そうでしょうね。これが、なんの理由もない慈善事業だとか、あなたのためですよなんていうと逆に胡散臭い――よくわかります」
その口上がまたひどく胡散臭い。
……どう考えてもこれ、悪魔の罠だよね?
「やだなーもう、ちがいますよーぅ」
少年がプルプル首を振った。やっぱりあたしの心が読めるらしい。
「これはビジネス。商売。ボクはこうして、トラック事故で死んだひとたちを異世界に転生させてあげることでお金をもらってる、ほんとにただの商売人なんです」
……商売? お金?
「はい。きれいごとぬきでキッパリ言って、大金をごっそり奪い取らせていただきます。現世でお持ちの資産、貯蓄の全財産! 代わりに異世界のチートなハッピーライフをプレゼント、っと。はいこういうことでございます!」
なるほど。たしかに変にきれいごとを言われるよりも、金目当てでございますといわれた方が信用できる。
だいたい今から死ぬって言うのに、財産を取られたって痛くもかゆくもない。いや、ひかれたところは激痛なんだけども、それはとりあえず治まっているので。
使い道のない遺産のかわりに、生まれ変わってハッピーライフ。それはあたしになんらデメリットのない契約だ。
あたしは少年の誘惑に乗ることにした。
それにしても、異世界かぁ……あたしはゲームもラノベも好きだけど、転生ものって読んだことないんだよなあ。
現代日本人のあたしが行って、どれだけ快適なのかはよくわかんないんだけど……
やっぱり舞台は中世ヨーロッパ風、王城があって騎士がいて、勇者がいて魔王がいる、華やかでロマンチックなあの世界だよね。
魔法がある世界というからには、文化未発達ゆえの不便さは多少、改善されているだろうし。
うん、それはいいね。やっぱり魔法って夢があるよ。
転生するなら魔法使い、それもとびきり強力な大魔導師だな!
「はいはい、王城おつきの大魔導師ですね? それではそちらへの転生料金、二億円になりまぁす」
……はい?
「王家おかかえでなく、冒険にでている強力な魔術師なら四千万円。森の隠者なら二千万円。それも老人の姿なので、もし若く美しい姿のキャラをお望みなら、それぞれプラス五億円ですねー」
高ぇええええええっ!
なにそれふざけんな高い高い高すぎるわ!
二億? 五億? 女子高生にそんな大金ある訳ないでしょうが! どんだけ足下みてんのよっ!?
「しょうがないでしょー。やっぱりチートスキルといったら魔法系が人気ですからねえ。剣術とかだとよくわかんないけど、魔法ならなんとなく呪文いっとけば発動するかな感で、みんなこぞって魔法使いになりたがるんですよ。需要があれば当然値段もつりあがるってもんで……」
まじか。な、なんかこういうのって勇者のほうが人気あると思ってたんだけど。
「勇者は七億円ですね。スキル云々ではなく、なんといっても立場が別格なので」
立場? 当人の資質じゃなくて、職業なの?
「職業というか、その世界での立ち位置とレアリティというか……。その世界にひとりしかいないもの、はだいたい高いですよ。魔王も同じくらいしますし。こちらも人気で」
レアリティか……と、いうことは、案外お姫様なんて安かったりするんだろうか。各国に一人ずつはいるだろうし、当人にたいしたスキルがあるわけでないならほとんどモブキャラよね。
それならそのほうがいいな。あたしもやっぱり女の子、お姫様にはあこがれる。
「んー、ただの国王の娘、なら五千万ですけど、美少女だったら八億円ですね」
勇者より高いじゃないか、どういうことだ!
「なんだかねえ、老若男女こぞって美少女になりたがる人が多くて。その競争率は勇者より高いんですよ。ほら、いま空前のTSブームだから。いまや美少女転生はハーレム勇者よりもずっと人気要素で、競争率超激しいんですわ」
それは嘘だ。いやなんとなくだけど。
もしそれが真実なら苦労してねーよっっていう何人かの声がどこからか聞こえる。
「幼女エルフにいたっては十億円です。あのひとら出生率も低くて長生きだから、需要にたいし圧倒的に供給が足りないんですよねえ」
そ……そんなもんですか。あたしよくわかんないな……。
「異世界転生はいま、勇者などの圧倒的主役ポジよりもも食堂経営や牧場主、魔法少女女学校の先生とかが人気なんです。スローライフ系ってやつですね。なので世界の頂点に立つ破天荒なスキルよりも、当人の美貌ってわけ。勇者ほどオンリーワンでもないので、絶世の美女レベルでなければお値段も据え置き」
本格的にしゃべりが商売人になってきたぞ悪魔よ。君の人生はそれでいいのか。
「狙い目はいっそ奴隷少女ですよ。まあちょっとコアな人気がありまして四百万円にはなりますが、高確率でチート勇者のハーレムに加わることが出来ます。もしかすれば正妻ポジションに。そこで女の幸福をかみしめるもよし、奴隷商人にひたすら陵辱されメス堕ちするのもよし――」
なんにもよくないだろそれ。だれだよそんなリクエストするの。
「ちなみにケモミミだと四千万円です」
高くなるんだそこ。
「もちろん男性に転生も可能ですよ? さっき言ったような勇者とかでなければ格安です。たとえば村の農夫そのいちだったら五百円」
安すぎないかそれは。いくらなんでも女尊男卑が激しくて、あちこちから怒られるような気がするんだけど。まあ確かにわたしも普通のオッサンになるくらいならもうちょっと頑張って村娘になりたいけど。
「ちなみに美少年なら百万円。攻めキャラなら二百万、受けキャラなら五百万」
だからなんなのその需要の偏りは。
「村中から追いかけ回されるレベルの男の娘なら十五億円です」
最高価格キタアァァァァアアアアッ!
高い! 男の娘高いよ高すぎるよ!
勇者より高い、ていうか美少女姫様より高いってどういうことだよ!
だめだこれ、最近の異世界転生希望者はどうなってんだ。みんな病んでるのか。そんな嗜好の連中がのきなみ勇者とか魔王とかやってんのか。怖い怖い怖い異世界怖い。
ああ、なんだか頭が痛くなってきた。って、頭蓋骨カチ割れてるんだからそりゃそうなんだけども、それとは違う頭痛である。
もうこの問答、うんざりだわ。
あたしは悪魔少年に語りかけた。
あのさ……熱心に商売やってくれてるとこ悪いけど、あたしほんとただの女子高生だから。バイトすらしてないし。
貯金って言ったって、子供の頃から貯めたお年玉、総額十万くらいしかないと思う。
たぶんこの金額じゃ、選択肢は少ないだろう。
その中で一番あたしにヨサゲなものを紹介してよ。
「十万円? うーん、それだとチートスキルなしの駆け出し冒険者か、ホクロが顔面のちょっとイヤな位置にある村娘ってのがせいぜいですねえ」
ゆ、夢がない……! けどしょうがない。もうそれでいいわ。少なくとも感覚的には生き返りに近い転生をさせてもらうわけだし、贅沢言っていられない。
「……あっ、待って。十万円でも、一国の姫になることは出来ますよ! 当人は美人ではないし、小さな国だし、婚約者はとある騎士で決定していて自由はありませんが、国で一番ぜいたくな暮らしはできるはずです!」
えっ、姫? お姫様になれるの?
なーんだ早くいってよ! オッケーなるなる。それがいい。
小さな国っていっても社畜の手取りより税収はあるだろうし(そりゃそうよね)。自分が美しくないのはこのさい我慢。鏡を見なければよし! 銭と権力で男は手に入れるし!
あとはその、婚約者の騎士がブタのような醜男だったら困るけど……でも、こちとら王女の入り婿なわけで、最悪子作りだけは相手して、イケメン臣下と遊べばいい。
逆ハーうはうはじゃないか。はっはっはっはっ!
黒髪の少年はにっこり笑った。いかにも悪魔というほど魅惑的に。
「――いいですねぇハーレム。それこそ異世界転生の醍醐味ってもんです。あなたのご注文、確かに承りましたよ。
――では。楽しい異世界転生ライフを!」
赤い瞳がぎらりと閃く。禍々しくまぶしいひかりに包まれて、あたしは意識を失った――
次に、『あたし』が『あたし』として意識を取り戻したのは、その体が生まれて十五年後のことだった。
薄暗い場所だったが、不思議と目が利く。
そばに鏡などはない。しかしあたりの景色と、見下ろした自身の体から、あたしはすべて理解した。
そして絶叫した。
「――ブヒヒヒィッ(オークかよ)!」
その声に、臣下がみんな振り返る。どいつもこいつも見事にブタ面だ。それはポッチャリしたブスを揶揄しているわけではなく、ストレートにシンプルにただ単にそのまんまブタの顔である。
「ブヒッ(姫様)?」
「ブヒヒヒ、ブヒーン(どうなされました。突然大きな声を)」
心配してくれるのはうれしいけどブヒブヒばっかりで何言ってるのかわから……い、いや、わかる! わかってしまう!
なぜならあたしもブタの顔、すなわちオークであるからだ。
それも、オーク伝承の原型である海の神や悪魔という畏怖すべきものではなく、もうほんとこれあれだ、いわゆるモンスターだ。昨今のラノベですっかり定着している、女戦士にクッ殺せって罵られるあのタイプだ。つまるところ容赦なくブタだった。
あああああくっそこう来たかああああああっ!
うんわかってた! ちょっとイヤな予感はしてた!
あれだけ人気キャラへの転生は大金かかるって聞かされて、なんかいきなり価格破壊だなとかお得すぎやしないかなとかそういうのはあった!
なんらかオチがくるだろうとは思ってたけど!
「ブヒャッヒュヒーーーーーンッ(えーーーーんひどいよーーーーっ)!」
「ブヒ……(ああ)」
「ブヒッヒン……(おいたわしい)」
泣きわめくあたしを慰めてくる臣下たち……といっても個体識別なんかはつかないが。
それにしてもさすが、仮にも『国』というだけのことはある。土壁の洞窟ではあるが床は綺麗にならしてあるし、天井際につけられた松明もなんだかおしゃれ。
よくよく見れば、あたしたちはちゃんと服を着ている。臣下たちは皆、美しい獣の毛皮のマント、あたしはシルク製の簡素なドレス。行商人や冒険者たちから奪ってきたのだろうか? 宝石まであちこちに身につけている。
チラと横を見ると、山積みにされたフルーツ。どうやらコレ、姫君への献上品らしい。
うん、それなりに……いい身分、ではあるのね。
そのとき、銅鑼が鳴り響いた。
「ブヒブヒ、ブヒュエーーーン(紅蓮の騎士エンデュミオン様のおなーりー)!」
号令とともに、姫の元へ歩み寄ってきた一人のオーク……ん? 人じゃないから一匹、か。いやオークって単位は匹? 体? どうでもいいけど。
見事な紅のマントに西洋鎧。ハーフヘルムの騎士は膝をつき、あたしの前に傅いた。
「ブヒ……ブヒヒヒ(姫様……ごきげんうるわしゅう)」
ああ、やっぱり……わかっていたけどあんたもブタなのね。つぶらな瞳、上を向いたデカい鼻、キュートな耳。どこからどう見てもブタそのものだ。
それで名前がエンデュミオンていうのかあんたさすがにそりゃないでしょ。名前負けにもほどがあるわよ。各方面から怒られたって仕方ないわよ!
……でも、まあ、たしかに、さすが騎士。ほかのオークたちと比べて一回り大きく、かつ引き締まっていた。肌の血色もよく、突き出た鼻もまっすぐ整っている。
頭頂からうなじにかけて、ふわりとたなびく金色のタテガミ。ぶひぶひと剥かれた唇から、キランときらめく白い歯が……
あ……あれ? なんかちょっと、もしかするとかっこいい……かも?
というかもしかして、このブタが――
いや、紅蓮の鎧をまとうオーク、この美しい騎士エンデュミオンが――あたしの、婚約者……?
エンデュミオンは水色の透き通った目を細め、あたしにむかってほほえんだ。
「ブヒブヒ、ブヒッブホブホブウブブブブブホッホブヒュー(ああ姫様、なんと美しい。このエンデュミオン、あなたの夫となれることを心から神に感謝をいたします)」
ああっやっぱり!
こ、この、こんなにすてきな雄があたしの……!!
見る見るあたしの頬が紅潮する。あたしは身を乗り出し、エンデュミオンの前に跪いた。目と目を合わせ、彼の前足を前足に取って、あたしは言った。
「ブフフフブブブヒブヒュブヒュユ! ぶひっぶひひーんっ(あなたと結婚できるなんてなんて幸せ、転生万歳! ぶひっぶひひーんっ)」
「ブヒューーッ(姫さまーっ)!」
あたしたちは抱き合い、さらに愛の言葉を交わし、うなじをカジカジ噛み合った。
それがオーク流の、愛の誓いのキスである。
本能のままに貪って、そのまま交尾を開始した。
……そんなこんなで今あたしはオークの国の姫――もとい、王妃となって、愛する夫と38匹の子供たちに囲まれて、いろいろあったけど幸せです。
お読みいただきありがとうございました。
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たぶん、ウチより酷いのは無いと思いますので。