幕間
雨の降る休日の午後、瑞希はカウンターの中で椅子に座っていた。
普段はお客さんがいつ来ても良いようになるべく立っているようにしているのだが、今はそんな気持ちになれなかったのだ。
それと言うのも……。
「お客さん来ませんね……」
「……そうですね」
開店から全くと言っていい程にお客さんの姿が無いのだ。
普段であれば既に数人くらいは来ていてもおかしくないのだが、何故か今日に限って閑古鳥が鳴いている。
「やっぱり、雨のせいですかね?」
「まぁ、晴れている日よりは少なくなるね、いつも」
窓の外に目をやると、それなりに強い雨がガラスを叩いているのが見えた。
締め切っているにも関わらず、雨音が店内に聞こえる程度には降っているようだ。
弦楽器に水分は大敵であるため、雨が降っている時に持ち歩くことを忌避する人が多い。
必然的に、弦楽器店に訪れるのも雨の日を避ける傾向があるのだ。
「それにしたって零は珍しいと思うんですけど」
「……そうですね」
「…………………」
「…………………」
二人の間に沈黙が落ちる。
ただ雨の音だけが響いていた。
「どうもこう雨の音ばかりでは気が滅入ってしまいますね。
何か曲でも掛けましょうか」
「え? 良いんですか?」
普段、ドルチェ弦楽器店では音楽を掛けるようなことはしていない。
静かなクラシック音楽でも流していればお店の雰囲気がより良くなるとも思うのだが、何分商品の音などを聞くのに邪魔になることが多いために敢えて流さないようにしているのだ。
それを知っている瑞希は、店長の音楽を掛けようという言葉に首を傾げた。
「いや、どうせお客さんも居ないですからね」
「ああ……まぁ、そうですね」
確かに店長の言う通り、お客さんの居ない今の状態では別に害も無さそうだ。
もしも音楽を掛けている時にお客さんが来たらどうするとも考えたが、楽器を見るお客さんだったらその時に止めるなり音量を落とせば良いだろう。
「何かリクエストはある?」
「いえ、お任せでお願いします」
「分かったよ」
このお店でアルバイトを始めてからクラシックを聴くようになって以前よりは曲を覚えたが、それでも引出しは店長の方が圧倒的に多い。
引出しを増やす意味でも、店長に選んで貰った方がよいと考えた瑞希はそう告げた。
店長はそれを聞くと一つ頷いて、カウンター横の棚の裏に並べられているCDを物色し始めた。
しばらく悩んだ末に決まったのか一枚を取り出し、プレイヤーにセットし再生ボタンを押した。
ヴァイオリンの静かな弾き出しにピアノが絡み合ってゆく。
曲名が分からなかった瑞希は、店長が置いたCDのケースを手に取ってジャケットを見る。
そこには、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第一番と書かれていた。
「雨の日にはピッタリの曲なんですよ」
「そうですね……」
手に持っていたCDのケースを置き、目を瞑って静かに聴き入る瑞希。
それを見た店長も、作業の手を休めて曲を楽しむのだった。
「それにしても、お客さん来ませんね……」
「……そうですね」
♪ ♪ ♪
「〜♪」
アルバイトが終わり、雨の中を傘を差して家に向かう瑞希は鼻歌を歌っていた。
曲は、先程アルバイト中に聴いていたブラームスのヴァイオリン・ソナタ第一番だ。
店長のオススメで聴かせて貰ったこの曲が気に入った瑞希は、彼に頼んでCDを借りて帰ってきた。
結局、閉店時間までにお客さんは二〜三人しか来なかったが、偶にはこんな日もあってもいいなと思う瑞希だった。




