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プロローグ

 放課後のチャイムが鳴る。

 生徒達は大半がすぐに鞄を持って教室を出て行こうとするが、中にはその場に残っておしゃべりを続けている者も居た。

 急いで教室を出ようとしている生徒の半分くらいは部活に行く者だが、中には帰宅部も居る。また、アルバイトを入れている者も居る。

 鞄に教科書を仕舞って帰る準備をしている一人の女子生徒に、隣の席に座っている女子生徒が話し掛けてきた。


「瑞希は今日もバイト?

 暇ならカラオケでも行こうかと思ってたんだけど」


 瑞希と呼ばれた女子生徒は薄茶色の髪を肩まで伸ばした少女で、ぱっちりとした目が特徴的な可愛らしい顔立ちをしていた。

 身長は同年代の平均よりも若干小柄で、ベージュのブレザーに赤地のチェックのスカートがよく似合っている。

 彼女は声を掛けてきた友人の方に振り向きながら、片手を顔の前に立てて謝った。


「うん、ごめん。

 水曜ならバイトないから、そこなら行くよ」

「オッケー。じゃ、そうしましょ。

 バイト頑張って」

「うん、また明日」


 瑞希は手を振りながら鞄を右肩に掛けて教室を出る。

 廊下を歩きながら鞄から白いスマフォを取り出し、電源ボタンを軽く押してロック状態のまま表示される時計を確認する。


「まだ大丈夫だけど、あんまりのんびりはしてられないかな」


 スマフォの時計は十五時四十四分を示している。

 バイトの開始時間は十六時半だが、着いていきなりというのも慌ただしいので出来れば十六時までにはお店に着くようにしておきたい。

 学校から彼女のバイト先までは徒歩で十分程なので間に合う範囲なのだが、そこまで余裕がある時間でもない。


 瑞希は少し急ぎ足になって昇降口で靴を履き替え、正門へと足を運んだ。


 彼女、工藤瑞希が通う歌川市立第一高等学校は小高い丘の上にある共学の公立校だ。

 最寄りの歌川駅からは徒歩で約十五分──地図上では十分なのだが、高低差のせいでそれだけ掛かる──程の距離に存在する。

 校則はそれほど厳しいものではなく、届け出さえ出せばアルバイトも許可されている。そのため、生徒の二割程度は放課後にアルバイトを行っていた。

 瑞希もその内の一人であり、放課後はほぼ毎日学校から家に帰らずアルバイト先へと直行している。


「ありがとうございましたー!」


 丘の麓にあるコンビニで手早く菓子パンを一つ買い、店員の挨拶を背に店を出る。

 歩きながら袋の片側を両手で引っ張って開けた。。

 食べながら歩くのはお世辞にも行儀が良いとは言えないが、アルバイトが終わるのは二十時、家に帰って夕食にあり付けるのがおそらく二十時半くらいになるので、何かお腹に入れていないとひもじい思いをすることになる。

 瑞希はパンを齧りながら駅の方に向かって歩いていった。

 駅前の商店街の入口にある別のコンビニで食べ終えたパンの袋をゴミ箱に捨て、商店街には入らずに右折する。

 そして、最初の曲がり角を左に曲がると目的地だ。

 車も通り抜けられないような狭い路地の中にそのお店は建って居る。


「Dolce Strumento a Corda」とプレートが掛けられたドアの前に立ち、服装や髪形を軽くチェックしてからドアノブを捻る。

 そこは、小ぢんまりとした弦楽器店だった。

 全体的に茶色を基調にした内装で、手前側の半分に何台ものヴァイオリンや弓、ケース、譜面台、それに弦や肩当て、松脂などの各種小物が所狭しと並んでいる。

 カウンターを隔てた奥側はまた趣きが異なり、工房のようなスペースとなっていた。


 ドアベルのカランカランという音に、カウンターに腰掛けていた青年が入口の方へと視線を向けた。


「やぁ、瑞希さん。こんにちは」

「こんにちは、店長」


 瑞希が店長と呼んだのは、赤茶色の短い髪をした長身の青年だ。

 日本人離れをした整った顔立ちだが雰囲気は穏和で、二十代前半にも関わらず歳不相応の落ち着きを見せている。

 彼は白いシャツに黒のスラックスを着て、その上から茶色のエプロンを付けていた。エプロンの左胸にはドアに掛けられていたプレートと同じ「Dolce Strumento a Corda」と言う文字と、その下に「白川=セルヴァ=誠也」と名前が白い糸で刺繍されている。


 店長と軽く挨拶を交わした瑞希はカウンターの脇を通って店の奥にある扉を開け、スタッフルームへと入った。

 スタッフルームの中はかなり狭いが机が一つ、椅子が二脚置かれており、椅子の片方の背もたれには茶色い布が掛けられている。

 肩に掛けていた鞄を降ろして椅子の上に置くと、その布を手に取って広げた。

 それは店長が付けていたのと同じエプロンだった。但し、左胸には店名だけで名前は刺繍されていない。

 そのまま首を通して後ろで紐を結ぶと準備完了。

 横に置かれている全身鏡でおかしなところがないか確認してから、瑞希は店内へと戻った。


「準備出来ました」

「そう。それじゃ、いつも通りお店番よろしくね」

「はい!」


 瑞希は店長と入れ替わるようにカウンターに立ち、代わりに店長は工房の方へと移動する。

 カウンター内から店内を見ると、入口から見るのとはまた異なる光景が視界に入り、瑞希はそれがお気に入りだった。


 彼女のアルバイトはここ──ドルチェ弦楽器店のお店番である。

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