案件1 そして誰かがいなくなる 9
いつまでこの失踪が続くのか分からないし、消えた人々がどうなっているのかも分からないのだ。
愛美はふと、神隠しという言葉を思い出した。
人が忽然と消えることを、昔から人々は神隠しと呼んでいた。
道を歩いている人が目の前で消えた、つまり神隠しにあったという目撃証言的民話が各地に残されている。神隠しにあった人は、全く見当違いな場所で発見される場合もあれば、二度と戻って来ないこともある。
人買いに攫われたという現実的な解釈はさておいて、今この現在の状況を表すのに相応しい言葉は神隠し以外にないだろう。
「風はないのに、空気の流れがある。東大寺さん、こっち」
愛美は思わず、東大寺の手を握って先に立って歩き始めた。茂みや立ち木の間を縫うようにして、愛美はどんどん奥へと進む。
不意に東大寺が「誰かいる」と言ったが、愛美には何も感じられなかった。
悪意の塊が、愛美の胃を重く締めつけるようだ。
木立を抜けて小さい開けた場所に出た途端、愛美の目に誰かの後ろ姿が映った。緑ケ丘高校のブレザー姿の少年。
彼は、ハッとしたように後ろを振り返って愛美と東大寺を見た。
菊池信雄だった。彼は祈りでも捧げていたかのように、手を合わせていた。
信雄の前には半壊した小さな古い祠がある。祠は撤去されたと信雄は言ったのではないか。しかしそれは、今にも全壊しそうな予感を抱かせながらも、愛美達の目の前に鎮座していた。
信雄は明らかに仰天し、そして東大寺と転校生の愛美という組み合わせに動揺しているようだった。
仮面のように顔を硬直させたまま、信雄は祠を隠そうとでもするかのように愛美達の前に立ちはだかった。だが彼は、その後どうしていいのか分からないようだ。
奇妙な目で、愛美と東大寺の繋がれた手を見ている。愛美はハッとして手を放そうとしたが、東大寺が強く握り締めてきたので適わなかった。
「デートには、持ってこいの場所やと思ってんけど先客ありか。彼女でも待ってんの?」
愛美は誤解されては困るので東大寺の手を振り払うと、信雄に近付いた。
「転校初日で学校案内を頼んだのはいいけど、人選を間違えたみたい」
肩を竦める愛美に信雄は小さく「だろうな」と呟いたが、顔はまだ強張ったままだった。
愛美は、祠を注意して見る。高さは愛美の腰にも満たないほどで、年輪を経て古びた茶色の木材で、四面を囲み屋根を葺いてある。