案件2 Mad Dog 30
少年の顔を見て、葉子は笑顔になった。少年は見たことない顔だったが、なかなか高得点な部類に入る。後で何組か教えてもらわなければと思うと、自然に笑みが浮かぶのだ。
「ちょっと話聞かせてもらえる。あのさ、書道部の顧問って福永やんな?」
関西弁だ。なかなか味があって面白いかもしれない。葉子はうんと頷いた。
「何で福永が犬嫌いなんか知ってる?」
どうしてそんなことを知りたいのだろう。葉子は分からないながらも好印象を与えたくて、笑顔を絶やさずに答えた。
「福永先生、すごい猫好きなのよね。昔結婚寸前に恋人に死なれて以来、彼が可愛がってた猫を引き取って大事にしてたらしいんだけど、二年前に犬に食い殺されたんだって。それで犬が死ぬほど嫌いになったみたい」
帰り支度をしていた友人の佳絵が、それに口を挟む。
「あたし一年の時、福永先生が副担だったけど、猫死んだ時大変だったもん。学校無断欠勤するし、絶対石塚の所為だって息巻くし。でも結局ペット禁止の借家だからってことで、有耶無耶になっちゃった」
東大寺の眉が、ピクリと上がる。どうしてそこに石塚の名前が出てくるのだろう。石塚はやはりマッドドッグ事件に関係あるのだろうか。
東大寺は二人の女子に、掴みかからんばかりの勢いで尋ねた。
「石塚先生も、禁止されてるのに犬を飼ってたんだよね。福永はその犬の所為だと思ってたみたい。中型犬で、その件があって犬は人に譲ったらしいよ」
石塚はシロなのだろうか。そう言えば、愛美は雑誌記者から石塚が怪しいと教えられたと言っていた。暴力事件を起こしているという話だ。
「石塚って生徒に暴力振るったことがあるんやんな?」
三年の女子二人が顔を見合わせる。二人は言い辛そうに唇を噛んだ。
「石塚って一、二年からは嫌われてるみたいだけど、悪い奴じゃないよ。あたしらとはクラスは違うんだけど、一年の時すごいいじめられてた女の子がいて、自殺未遂までしたらしい。他の教師が全員見て見ぬふりしてたなかで、石塚先生はそのいじめの中心になってた男子を殴ったの。馬鹿野郎って。そいつ体勢崩して窓ガラスにぶつかって、割れたガラスで大怪我したの。石塚先生一人が槍玉にあげられて、なんかそれって可愛そうだよ」
あともう一つ、聞いておきたいことがある。
「なんで生物の長谷部がMさんって呼ばれてんの?」
女子の一人が、ああと言って笑う。
「モローさんでしょ」
モローさん? Mさんじゃないのか。




