案件2 Mad Dog 29
龍太郎が死んだこと自体か、警察沙汰に巻き込まれた為か、はたまた真実が露見するのを恐れているのか。
死んだ龍太郎の為にも、真実を突き止めて見せる。
愛美は決意を固めつつ、福永に黙礼を送って教室を後にした。
向かうのは長谷部のいるであろう、生物準備室だ。
愛美が三階の生物室に入ると、長谷部の白衣の背中が見えた。長谷部は振り返って愛美の姿を認めると、無言で顔を元に戻した。俯いて、カメの水槽を覗き込んでいるらしい。
愛美が側に寄ってみると、長谷部はカメに餌をやっているところだった。ウェルズ君は、首を伸ばして長谷部のつまんだ干しエビに食いついては、飲み込んでいる。
(やはり可愛くない)
「ウェルズを一番可愛がってたのは、彼だった」
長谷部がポツリと呟いた。彼とは竹内龍太郎のことだろうか。
愛美は長谷部の顔を見上げたが、長谷部はついと横を向いて手を洗いにいった。カメのウェルズは水槽の中で、ぼうっとしているように見える。
無表情な目――長谷部に似ている。長谷部は爬虫類のように無感動で、ただそこにあるという存在だった。その心のうちに、どんな感情が渦巻いているかは分からない。
長谷部は水を出しっぱなしにしたまま、流しの縁を握り締めていた。肩が震えている。
「どうして彼があんな目に……」
押し出された声は、悲痛なものだった。大人の男の長谷部が、ひどく頼りない存在に見えた。
愛美はソッと、長谷部の顔を覗き込んだ。思わず愛美は息を飲む。長谷部は静かに涙を流していた。
龍太郎の死を悼む人間が一人はいたのだ。ここに、こうして彼の為に涙を流している。
愛美はおずおずと指を伸ばして、長谷部の身体に腕を回した。そうすることがとても自然に思えた。
長谷部は縋りつけるものになら何にでもすがりつきたいと言わんばかりに、愛美にしがみついた。長谷部は声を殺して泣いている。
「先生……」
*
昨日突然休校になったが、今日のテストに余裕がないのは皆同じだ。追い詰められない限り何事にも腰が重いものだ。
「ヨーコ。最後の問題解けた。高踏派が夏目漱石で耽美派が谷崎潤一郎、白樺派が?」
「武者小路実篤か志賀直哉でしょ」
友人にそう答えながら、葉子はペンケースに消しゴムやシャーペンを入れて、手提げに突っ込む。
男子の声で、元書道部員はいないかと呼ぶ声が聞こえた。葉子は何だろうと思いながら、はいと声を上げる。
出入り口の人波を掻き分けて、一人の少年が葉子の側に駆け寄ってきた。




