案件2 Mad Dog 28
「石塚は警察に押さえられてるから、残りは長谷部と福永か。どんな細かいことでも、見逃したらあかん。俺は鬼ババが犬に過剰反応する理由をあたってみる。愛美ちゃんは長谷部の犬嫌いの理由を聞いてきて」
愛美は、胸のつかえがおりたように元気を取り戻した。
東大寺は愛美が手をつけなかった菓子パンを手に取ると、腹減ったと大声を出す。愛美を見る目が、せがんでいるようだ。愛美は苦笑すると、それでもセーラー服の腕をまくり上げた。
「失敗するのは目に見えてるけど、食べてくれるなら何か作るわ」
東大寺はよっしゃあとガッツポーズを決めている。
「手作り愛情料理ゲットや」
それでも菓子パンだけは食べていた。すさまじい食欲魔人だと、愛美はおかしくなってしまう。それだけ食べても太らないのは、女の子には羨ましい限りだ。その分動いて、消費しているのだろう。
*
事件のあった翌日。
鷹宮高校は全日休校となった。龍太郎の死は、変死として三面の隅を飾っていた。殆ど誰の目にも触れなかっただろう。休校理由については、言明されなかった。現場に居合わせなかった生徒は、降って湧いたような休日に大喜びしていたようだ。
次の日。てっきり全校集会が開かれると思っていた愛美は、あてが外れた。前日の試験が滞りなく始められても、愛美は問題を解く気にはならなかった。
竹内龍太郎の席が、ぽっかりと空いている。
担任の福永は、竹内不在の理由にも触れなかった。警察の戒厳令がでているのだ。
竹内が休んでいる理由を、誰も知ろうとは思わないだろう。病弱でいじめられっ子だった彼を心配する者もいない筈だ。その席に竹内が戻ってくることは、もう二度とないのに……。
警察は徹底的に緘口令を敷いたらしく、事件現場に居合わせた生徒達も騒ぎ立てたりはしなかった。一日空いた分、熱も少しはひいて落ち着いたようだ。
他の者は、同じ学校の生徒がマッドドッグの餌食になったことなど思いもよらないのだろう。
愛美と東大寺の外では、日常が少しも乱されることなく続いている。石塚はまだ解放されていない。巴の情報では、石塚は警察官との雑談にも応じていないとのことだった。捜査は全く進展していない。愛美達もそれは同じだ。
帰りのH・Rが終わった途端、東大寺は挨拶もそこそこに外に飛び出していった。
いつもなら鬼ババのヒステリーが爆発するところだが、意に反して彼女は何も言わなかった。気丈そうに見せているが、自分が担任をもっているクラスの生徒が、事件に巻き込まれて死んだことに憔悴しているようだ。




