案件2 Mad Dog 27
「家宅捜査ってそれ不法侵入ってこと……って泥棒じゃ」
東大寺も思いきったことをしたものだ。愛美は驚きを隠せない。
「警察やないねんから。捜査令状出す訳にもいかんやろ。これ以上犬を野放しにはできん。理屈にとらわれとったら物事は解決せんのや」
東大寺はさっぱりときっぱりと言いきった。理屈に捉われていては物事は解決しないとは、よく言ったものだ。確かに一理ある。
愛美は昼間、萩原に会った時のことを思い出していた。萩原の死んだ知り合いの新聞記者が、最後に残したという言葉。
マッドドッグの事件を普通の事件だとは思うな。
(どういう意味だろう?)
普通の常識からは考えられない事件。愛美が今までに出合ってきた事件は、常識の範囲から逸脱しているだろう。しかしそれが真実だった。
警察は普通の事件だと思っているから、誰も犬を飼っていない鷹宮高校の独身寮の居住者を犯人から除外した。どういう意味で普通じゃないのだろう。
東大寺も、事件を根本から見直す気になったようだ。
仮定その一と言って指を立てた。
「実はあの三人以外の誰かがこっそり飼ってる。あの三人に的を絞ったのが、そもそもの間違いやった。その二、たまたまその住宅地が犬の通り道になっていた。だから飼い主は別におる。その三、マッドドッグは普通の犬やない。たとえば透明犬……っていうことはないか。愛美ちゃんと巴が見てるもんな」
東大寺が立てた三つの仮定のうち、最初の二つはありそうな話だ。福永・石塚・長谷部が家で犬を飼っていないことの理由にもなる。
それでは、人を襲う凶暴な犬を飼っている人間がいるという従来の考え方となんら大差ない。
愛美は一瞬見たマッドドッグの様子を思い浮かべた。山犬ではない。ほんの短い間一緒に生活したことのある二匹の山犬神は、もっと小柄で細身だった。
愛美の中に、色々なビジョンが去来する。
「犬……狼……人狼……まさかね」
愛美は自分でその考えを否定した。狼男なんて物語の中の空想の産物……などと言いきれるだろうか。鬼は確かにこの世に存在する。愛美は間違いなくそれを知っている。
「なかなかおもろい発想や。狼男って満月の夜に狼に変身するあれやろ」
発想の転換は間違っていないだろう。愛美達は、警察の機構やこの社会にだけ属しているのではない。
もう一つの非日常を生きている。
「犯行周期は短くなっている以外に、何か法則性でもあるのかな」
人間が狼に変身する理由。人間がマッドドッグになる理由。あくまでも仮定の域は出ない。




