案件2 Mad Dog 26
「石塚は重要参考人として、警察に身柄を拘束されてます」
それはたぶん、愛美の所為だ。
愛美も参考人として、警察の事情聴取を受けた。あの時補講室前にたむろしていたのは三年ばかりで、竹内を知る者はなかった。クラスメイトである愛美が、あれこれ聞かれる羽目になったのも頷ける。
その分、こちらも情報収集には余念がない。相手は愛美を素人と侮り、声を低めて話される重要機密に、愛美はアンテナを張り巡らせていた。
補講室の窓は開いていたという。そういえば、散らばったプリントが風に舞っていたような気がする。
H型の校舎の二階の廊下から、補講室の窓から大きな黒い犬が飛び出していくのを見たという生徒の目撃証言が得られたようだ。
証言に信憑性はある。マッドドッグの事件は表沙汰にされていない。それに手口から見て、マッドドッグに間違いない。
ちぎれる寸前まで噛み切られた首。即死だろうという話だ。そして食い荒らされた内臓。
「じゃあ君は、亡くなった竹内君と一緒に帰る約束をしていたんだね。明日のテストに必要なプリントをコピーさせてもらう為に、石塚教諭に用事があると言ってそのまま戻ってこなかった?」
愛美は警官の言葉に、神妙に頷いた。少しばかりの嘘は多目にみてもらいたい。
事件後随分石塚の足取りが掴めなかったことも、警察の疑いを強めた結果になった。長谷部も参考人として呼ばれていたようだが、石塚だけが留め置かれている。
警察はマッドドッグ事件の関係者として、鷹宮高校の教員数名を疑っていたようだ。ただ彼らとマッドドッグを結び付ける証拠がない。
しかし今度の件で、石塚が犯人の可能性が濃厚と警察は踏んだのだろう。藁にもすがりたい気分なのかも知れない。
それも分からないでもないが。東大寺は暗い顔をしている。石塚が犯人で警察に捕まったとすれば、それで事件解決ではないか。
何か愛美の知らない情報を、東大寺は得ているのだろうか。その推測は間違っていなかった。
「実は俺、福永香織が警察と覆面車に乗って出かけた後、三人の家の中に入って家宅捜査したけど、犬を飼ってることを裏づける物証は何一つなかった」
綾瀬のマンションを、愛美は思い出した。
キッチンにはドッグフードの袋と缶詰めが常備され、餌の入った器と水入れが置いてある。クラディス専用の毛のついたクッションやブラシ。犬用オモチャに散歩用の綱。
綾瀬の大人っぽいゴージャスな部屋と妙にマッチしていた小物たち。犬を飼っている家ならそんな物があって当然だろう。それがないということは――いや、それよりも問題は。




