案件2 Mad Dog 25
補講室には、生徒用のコピー機が備え付けられている。
愛美は不安に胸を締めつけられそうになりながら、人垣に割り込んだ。その時には黒山の人集りができていた。
「ちょっと通して、どいて下さい」
教師が補講室の前を塞いでいる。
「見るんじゃない。生徒は今すぐ帰りなさい。早く」
男性教諭も心無しか青冷めている。運良く中を覗いた生徒が、興奮して喋り散らしていた。
愛美は人波に押されるようにして、人垣の前列に出た。血と臓器を開いた時のムッとする匂い。床に散らばった血と肉の破片、そして数枚のプリント。
黒い学ランの少年が、床に仰向けに倒れている。上を向いた白い喉に、赤い筋が走っていた。
「竹内……君」
愛美の頭の中が真っ白になって、フェードアウトした。
マッドドッグ事件の新たな被害者が出てしまった。
犠牲者は鷹宮高校に通う十五才の少年で、竹内龍太郎といった。事件は鷹宮高校の補講室で起こった。
愛美が警察の事情聴取を終えて帰った時には、午後の七時を回っていた。やきもきしながら待っていたらしい東大寺に迎えられて、愛美はようやく人心地ついたのだった。
「東大寺さんが事件を知ったのは、いつですか?」
東大寺が出してくれた菓子パンには手を付けず、愛美はパックのカフェオレのストローの袋を破った。東大寺は学ランの上だけ脱いで、Tシャツ一枚になっている。
「犯行時刻は十一時十五分頃。発見されたのは十一時三十分前。通報があったのが二十七分やからな。俺が事件を知ったのは三時頃や」
愛美が龍太郎の死を知って気を失って、警察病院で目覚めたのと同じ時間帯だろう。第一発見者の三年の女子二人も、気分が悪くなったらしく、同じ病院に運ばれていた。
死体を見て気絶しただけでもSGAのメンバーとして不名誉なことだが、愛美はテスト勉強の疲れで熟睡してしまったことも恥ずかしかった。
目覚めは、最悪だった。
「それまで俺は福永香織を監視してたんやけど、そこに刑事が訪ねてきてな。それで事件が起きたことが、初めて分かった。任意出頭させられるのについてったけど、すぐに無罪放免。当り前やな。犯人やないねんから」
東大寺はソファに座って、難しそうな顔をしている。自分の判断ミスだと自嘲しているようだが、東大寺を責めようとは思わない。責められるのは愛美の方だ。
石塚を除けば、竹内龍太郎と最後に会話を交わしたのは愛美ということになる。あの時なぜ、と悔やまれてならなかった。




