案件2 Mad Dog 23
「事件の闇に迫るのが、あの人の悲願だった。警察や社会に握り潰された事件の陰で、苦しんでいる被害者がいることを知って欲しいというあの人の言葉が、今の俺を作っていると言ってもいい。だから俺は死んだ先輩の為にも、マッドドッグを日の元に引きずり出してやりたい。この事件だけは何としてでも」
愛美は萩原の中に、いつかの自分の姿を見た気がした。これだけは譲れないという気持ちも、この社会の仕組みを知った時の愕然とした思いも、忘れた訳ではなかった。
愛美の家族を家も思い出も、全て炎の中に消えた。
事件の真相は何一つ語られず、事実を知っているのはその場に居合わせた者だけ。そして、新聞の三面で片付けられた嘘の報道。
この男の力になってやりたいと愛美は強く思ったが、それはできない相談だった。愛美には任務としての事件解決の義務がある。愛美はSGAのメンバーの一人なのだ。
「石塚が危険人物である確証はあるの?」
傷害問題を起こしたとかいないとか聞いていが、はっきりしたことは分からない。事件を揉み消すのはこの社会全体の常套手段だ。おかげで真実が、埋没してしまう。本当の真実はどこにあるのか。
「鷹宮高校に新任として採用されて間もなく、生徒に暴力を振るって三ケ月の重傷を負わせた。学校側が事実を揉み消した所為で、被害者の家族も口を噤んでいる。大方金でも掴ませたんだろう」
愛美は、竹内龍太郎が石塚に用があると言っていたのを思い出した。
腕の時計に目を走らせる。竹内と別れてから三十分近く経っている。もうとっくに家路についているかも知れない。
しかし。
そう思うと、急に不安になった。一旦気掛かりになると不安が不安を増大させ、愛美はいても立ってもいられなくなった。
「石塚をマークしておかないと、事件が起きてからでは遅いわ」
愛美は車のドアの取っ手に手を掛けたが、萩原が腕を伸ばして一足早くドアをロックした。
「君が何者なのか、教えてくれる約束だろう」
愛美は、ロックを解除する。
「新たな被害者が近日中に出るのは確かだけど、今もう危ないかも知れないのよ。」
愛美はドアをバタンと閉めた。転がるようにして萩原が車から降りてくる。必死の顔をしているところが意外に可愛い、なんて。
萩原は再び、愛美が何者なのかを尋ねた。
冬の凍りつきそうな冷たい風が、萩原と愛美の間を通り抜けてゆく。少女は真面目な表情を崩さず、萩原の目を真正面から捉えた。




