案件2 Mad Dog 22
「マッドドッグが鷹宮高校周辺に現れるようになったのは、石塚弘孝がこの学校に採用されてからだ。最近は昼間からでも犬が出没しているが、その日必ずといっていいほど、石塚は仕事を休んでいる。事件のあった翌日、玄関に残されていた血痕が被害者のものと一致したことも数回」
愛美が、眉を顰める。巴から送られてきた警察の資料に、そのような事実はなかった。巴が警察機構の極秘情報にも通じているのは間違いない。
それがなぜ? 捜査情報の記入漏れか、巴も把握していない情報があるのか、それとも。
「警察はそれを……」
愛美がそう聞くと萩原は把握していると答えたが、それが嘘だということはすぐに分かった。萩原の目が一瞬躊躇したのを、愛美は見逃さなかった。
「それは嘘だわ。警察の情報なら筒抜けだもの。個人レベルで収集されたものなのね。あなた、失踪事件とは別にマッドドッグも調査していたの。昨日今日で分かるネタじゃないでしょ」
萩原は手持ち無沙汰そうにポケットをごそごそやっていたが、ミントガムの包みを取り出すと一枚口に放り込んだ。愛美にも差し出すので、ありがたく頂戴することにする。ガムを噛みながら萩原は暫く黙ったままだった。
何か考えるところがあるのか、正面を睨むような目で見ている。これは長くなりそうだと愛美が覚悟して、車の助手席に深く身を沈めた時、萩原がおもむろに話し始めた。
「マッドドッグは元々俺が追ってたネタじゃない。俺にこの道を示してくれた先輩が残した遺言だと俺は思っている。十日前に被害にあって、助手の女の子と一緒に死んだ」
愛美は声をあげそうになり、唇を噛む。
愛美も下の名前までは覚えていないが、新聞の片隅に載った変死者の田村という男の、顔写真を思い出した。実際の死体が浮かべていたのは、苦悶ではなく驚きの表情だった。
苦痛を感じる間もなく、マッドドッグに喉を食い裂かれてあの世にいったのだろう。女の方は恐怖の仮面を張りつけていた。あっという間の出来事だったのだろう。
木乃伊とりが木乃伊になるのとは違うかも知れないが、事件を追っていた記者が、今度は事件の被害者になってしまったのだ。悲しいことだった。
「マッドドッグに食われちまった」
萩原は握り締めた拳を広げて、自分を落ち着かせるように笑顔を見せた。触れれば壊れてしまいそうな儚い笑みだった。萩原の知り合いだったとは。
「先輩とはその前日に、電話で話をしたばかりだった。マッドドッグを普通の事件だと思うなというのが、あの人が俺に残した最後の言葉になった」




