案件2 Mad Dog 16
愛美は文系科目は全般的に得意だが、理数系はいかんともしがたい。
理科は地学を取ったので、テスト範囲に計算問題はないので暗記で済むため楽だ。問題は数学だけだった。
緑ケ丘では授業速度が遅く、のんびり確率をやっていたのだが、鷹宮はかなり先に進んでいた。
愛美は問題集の問題をノートに解く手を止めて、大きな溜め息を吐く。愛美が顔を上げると、巴もチラリと目を上げた。
愛美の向かい側で、巴はつまらなそうな顔で漢字の書き取りをしている。
新出漢字を二十回ずつ書き取る宿題らしい。面倒臭そうだが、愛美は代わって欲しいぐらいだった。
愛美はテスト勉強にも嫌気がさして、ソファに寝転がると問題集を声に出して読み上げる。
「等式x2+xy-6y2+5x+a=(x+3y+b)(x-2y+c)がx,yについての恒等式となるように,定数a,b,cの値を求めよ」
巴が鉛筆を走らせる手を止める。愛美は溜め息を吐いて、問題集を放り出した。
「式と証明って苦手なのよね」
黙って愛美を見ていた巴が、呆れたように呟く。
「a=6 b=3 c=2 子供騙しな計算です」
愛美は驚いて身体を起こす。巴はもう自分の宿題に戻っていた。
愛美は問題集を拾い上げて、黙々と数字をノートに吐き出していった。
等式の右辺を展開すると、x2+xy-6 y2+5x+a=x2+xy-6y2+(b+c)x+(-2b+3c)y+bc 両辺の各項の係数を比較するとb+c=5 -2b+3c bc=a これを解くとa=6,b=3,c=2
愛美は暫く黙って自分の計算と答えを眺めていたが、今度は試しに今よりも難しいBレベルの問題を出してみた。
「x3 =ax(x+1)(x+2)+bx(x+1)+cx+dは」
巴は顔も上げずに即答する。
「a=1,b=-3,c=1,d=0 こんな簡単な問題で躓いていては先が思いやられますよ」
愛美は最後部の解答ページを開いて、答えを確かめた。巴が言った通りだ。
愛美の顔が見る間に輝いていった。
「すごーい。巴君。本当に小学校五年生なの? 格好いいな。ねえ、数学の勉強教えてくれない」
巴は極力顔色を変えないようにしていたが、どこか誇らしげだった。最後の行を書き終わり、巴は自由帳を閉じる。宿題はもう終わったようだ。
「いいですよ。焦げ過ぎたスパニッシュオムレツのお礼です」
(それは言わないで欲しかったのに)
愛美は唇を尖らせて、傍らのクッションを巴に投げつけた。




