案件2 Mad Dog 15
腹違いの弟に視力を奪われた綾瀬のように、東大寺も色々あったのかも知れない。本人が気にしていないのが、せめてもの救いだろう。
下駄箱で靴を履きかえて通学路を行った二人は、駅で別れた。
「家に帰って、もうひと眠りしよ」
東大寺は授業中にあれ程寝たにも関わらず、大欠伸をしながら帰っていく。愛美は苦笑して肩を竦めると、ホームに向かって歩き始めた。
柱の陰から彼女を窺っている者がいたことなど、少女は露ほども気付かなかった。
*
巴は膝の上のノートパソコンから、顔を上げた。
ドアに鍵を差し込む音がする。玄関でゴソゴソと音がして、誰かが自室のドアを閉める音がした。
長門か、それともSGAで紅一点の近藤愛美が帰ってきたのだろう。巴は再び、パソコンに目を落とした。
応接間のソファに座った巴の横にはランドゼルが置かれ、テーブルの上のコンビニで買ってきたジュースのパックには露が浮いていた。
暫くして再び扉の開く音がしたかと思うと、リビングの戸が開けられた。ハッと息を飲んだのが分かる。
巴は振り返って、愛美の方を見た。まだ着替えていなかったのか、セーラー服のままだった。
「巴君、来てたの?」
かなり驚いたらしい。愛美は胸を押さえている。
「お邪魔ですか? 両親ともに出張なので、ここにきたんです」
愛美は慌てて首を振ると、キッチンに行って冷蔵庫から牛乳を取り出して飲んだ。少し気分が落ち着いたので愛美はコップに牛乳を注ぎ足して、巴の座っているソファの隣に腰掛けた。
「誰かに尾行られてたような気がするの」
巴が黙って愛美を見上げている。気の所為かも知れないが、気味が悪いので一応まいておいたと伝える。
「ストーカー……ってことは……ないですよね?」
巴はジッと愛美を見て言った。憎たらしい子供だ。
「何よ、その間は」
愛美は怒って、巴の柔らかい頬をひっぱった。巴はうるさがって首を振る。
「ただの気の所為よね。それにしても巴君。夕食がコンビニのおにぎり一つなんて、駄目だよ。何かおかずを作ってあげる」
愛美はそう言ってソファを立ち上がると、キッチンの流しにコップを置きにいった。
ぶつぶつ呟きながら冷蔵庫を開け閉めしている愛美を、巴は何か擽ったそうな表情で眺めていた。
午後八時過ぎ。
夕食を終えた愛美は、リビングで数学の問題集と格闘していた。よりによって一番苦手な数学が、期末初日の頭にあるのだ。




