案件2 Mad Dog 11
東大寺は、黙っててと愛美に合図を送ると、教室中に聞こえる大きな声を出した。
「自他とも認めるラブラブカップルやから、俺ら」
おどけたふりで、東大寺は愛美の肩に腕を回した。
(どう対応すればいいのだろう?)
東大寺には何か考えがあるのだろうか。愛美は黙って、されるがままにしていた。
「可愛い転校生をいきなりものにするなんて、ずるすぎるよな。東大寺は」
「近藤さん。東大寺に飽きたら、いつでも俺達が付き合うぜ」
東大寺の言葉にクラスの者はみな、まるで初めから東大寺と愛美が付き合っていたかのように振る舞った。
今日の三時間目の途中まで、この学校には東大寺という名前の生徒が一人もいなかったにも関わらず。
東大寺はそのまま愛美の背を押して、教室を後にした。
「今のはどう言うことですか?」
愛美は、久しぶりに見る東大寺の顔を見上げた。二十日ぶり以上にはなる。
「暗示掛けといた。二人っきりになる口実が必要やろ。付き合ってるんやったら、二人でいても不自然やないもんな。愛美ちゃん。捜査状況教えてもらえへん?」
(そうだった)
愛美は一つ息を吐いて、収穫なしというジェスチャーをした。
愛美と東大寺は連れ立って学生食堂に向かうと、それぞれうどんとカレーライス大盛りを頼んで、食事を開始した。
「よかった。東大寺さんがいつになったら来るのか、心配してたんです」
二人は空いている席に陣取って、声を低めて会話を交わす。
「珍しく手間どってなぁ。後始末は長門に任せて飛んできた」
東大寺はかなり疲れているらしい。いつもより覇気のない顔色をしている。
顎を撫でながら東大寺は、進展なしねと呟いている。それを言われると、愛美は心苦しい。
五日間、何をやっていたのかと自分でも思ってしまう。
「鬼ババもカミナリもMさんも、みんな関係ありそうやな」
生物部の顧問の長谷部実は、三年の授業を担当している。一年の愛美達には馴染みはないが、三年の間ではMさんで通っていた。
由来までは愛美も知らないが、実の頭文字かも知れない。まさかマゾヒストの略ではないだろうが。
東大寺はああ言ったが、愛美は長谷部だけは除外してもいいのではないかと思っていた。
靴を隠された愛美の為に、新しいローファーを買いにいってくれたからだけではない。殆ど口を聞かないが、他人に対する思いやりは言動の端々に表れている。
人間関係を築くのが苦手なのだと、愛美は感じていた。




