案件2 Mad Dog 9
向こうのコートでも試合終了の笛が鳴り、男子達の悪態がここまで響いてくる。
「てめぇもう学校来んな。帰れ」
「足手まといなんだよ。うっとおしい」
コートにポツンと一人取り残された竹内に、罵詈雑言が浴びせられる。
男子の一人が、持っていたバスケットボールを竹内に投げ付けた。竹内は、ボールを掴むことも避けることもできなかった。
鈍い音を立てた肩を、痛そうに押さえている。
少年達は顔を見合わせると、ニヤリと笑いあった。よくないことを思いついた時の、獲物をいたぶる猫のような目をしている。
彼らはボールかごからそれぞれボールを取り出すと、竹内目がけて投げ始めた。
「止めて、止めて」
竹内は哀れっぽい悲鳴を上げる。手や足にぶつかって跳ね返ったボールが、ゴロゴロと床に転がる。
竹内のかけていた眼鏡は吹き飛び、彼は恐怖でその場に座り込んだ。
「おい近藤、どうした腹でも痛いのか?」
石塚に声を掛けられて、愛美はハッと我に返った。他の女子はみんな試合を始めようと、定位置についている。
みな竹内少年がいじめられているのに気付いているが、どうしようもないと諦めているようだった。いつ次の標的が自分になるのか分からないのだ。
「先生、あれ」
何とかしてくださいという意味を込めて、愛美はバスケのコートを指差した。クラスの男子の殆どが、つられるようにしてその残酷な遊びに混ざっている。
石塚はチラリとコートを見ただけで、顔色ひとつ変えずに愛美を呼んだ。
「早く試合を始めるぞ。ポジションにつけ」
見て見ぬふりか。
愛美は拳を握り締めた。
勢い付いた男子の放ったボールが、竹内の顔面目がけて飛んでいく。怯えて動けないのか、竹内はその場で蹲っていた。
思わず愛美は、目を瞑った。
バシンという強烈な音が響く。あれを顔で受けたら、鼻血ぐらい出るだろう。
愛美が目を開けると、体育館は沈黙に包まれていた。
竹内の側に、学ラン姿の少年が立っている。竹内の顔を直撃する筈だったボールは、少年の手に遮られていた。
少年は掴んでいたバスケットボールを片手で大きく振りかぶると、十メートル以上離れたゴール目がけて無造作に投げた。
ボールは吸い込まれるようにゴールの網の中に収まり、てんてんと跳ねながら床を転がって壁にぶつかる。誰もが呆気にとられて、ただ茫然としていた。
屋根を叩く、雨の音だけが響いている。
背中を見せていた少年が突然愛美達のコートを振り返ると、サッと手を上げた。




