案件2 Mad Dog 8
コートに袖を通してマフラーを巻きつけるが、長谷部は愛美の方を見ようともしなかった。迷惑だと思われていたのかも知れない。
愛美は少し寂しくなって、わざと明るい声を出した。
「靴、ありがとうございました。お金は明日の部活の時に返します。コーヒーごちそうさまでした」
愛美は深々と頭を下げた。
長谷部は、うんと頷いただけだ。
愛美が準備室の扉を開くと、暗い廊下から冷たい冷気が滑り込んできた。扉を閉める前に愛美は、もう一度礼を言って頭を下げた。
「暗いので、気を付けて帰ってください」
閉めた扉の向こうから、長谷部の声が追いかけてきた。
不器用なだけで、案外いい人なのかも知れない……。
愛美の胸は熱いコーヒーの所為だけでなく、温かかった。
*
今日は朝からずっと雨だった。
マラソンの代わりに三時間目の体育は、体育館で女子はバレーボール、男子はバスケットになった。
女子の体育を教える久保教諭が休みの為、教師の石塚が男女ともに監督している。
石塚弘孝は、マッドドッグの関係者と愛美が内偵しているうちの一人だ。
二十四才と本当はまだ若いのだが、ひげが濃く三十路を過ぎているように見えた。短気な性分らしく、体育の授業中以外でもよく怒鳴っている。
女子に対しては優しいが、下心でもありそうでクラスメイト達は石塚を敬遠していた。
「負けたらてめぇの所為だぞ。バカヤロー」
愛美は体育館の舞台に腰掛けて、バスケに興じる男子達を見ていた。
体育館のコートの半面ではバレー、もう半面ではバスケをやっているのだ。
チーム分けして、勝ち抜き戦の試合形式で授業は進められている。
愛美のいるチームは一回戦を勝ち抜いて、休憩中だった。
男子のコートでは、味方に対する罵声が飛び交っている。矢面に立たされているのは、竹内龍太郎だ。愛美がくるまでは、いじめグループの格好の餌食にされていたらしい。
背ばかり伸びた感じで、いかにもひ弱そうだ。オドオドと人を窺ってばかりいる。運動も苦手で、右往左往してはチームメイトの邪魔になっていた。
病弱らしく、愛美が転校してきてから五日のうちに三日も休んでいた。
彼は、生物部の部員でもある。
東大寺とは一度だけ連絡が取れたが、その後音信不通だった。捜査も進展のないまま期末試験だけが近付いてくる。
バレーの試合が終わり、愛美はチームの女子の後に続いて舞台から滑り下りた。




