案件2 Mad Dog 7
これから帰るところなのか長谷部は黒いオーバーを着て、腕には何かの包みを抱えていた。
「これ、よかったらどうぞ。合うかは分かりませんが」
長谷部はそう言うと、愛美の手にその包みを押しつけた。そしてそのまま背を向けて歩き始める。
愛美は白いビニール袋の中に入った箱を開けてみた。真新しいローファーが一足入っている。
愛美は思わず目を見張り、袋を握り締めたまま長谷部を追いかけた。
「待って下さい。先生。長谷部先生待って」
愛美はそこまで言って立ち止まると、くしゃみをした。二回続けてくしゃみをして、みっともなく鼻を啜っていると、目の前に長谷部が戻ってきていた。
「風邪を引いたみたいですか?」
電気ヒーターの前に椅子を持ち出して手をかざしていると、少しずつ指先の感覚が戻ってくる。愛美は自分がすっかり冷えきっていたことに気付いた。
生物準備室に、コーヒーのいい香りが漂う。
コートを脱いでワイシャツの上にセーターを着た長谷部が、マグカップを愛美に差し出した。礼を言って愛美はコーヒーの入ったカップを受け取った。湯気といい匂いがする。
あのあと長谷部は愛美を生物準備室に連れてきて、暖房をつけてくれた。
その間長谷部はずっと無言で、今も黙ってもう一つのカップからコーヒーを飲んでいた。
愛美は湯気を吹いて冷ますと、一口コーヒーを飲んだ。思わず顔をしかめる。
「にがーっ」
「苦いコーヒーを好んだのは、僕の恩師です。淹れ直しますか?」
愛美は首を振って、黙ってその苦いコーヒーを飲んだ。
ヒーターの熱される微かな音以外に、風が出てきたのか窓の軋む音だけが聞こえていた。
愛美はソッと長谷部の方を伺う。面長の顔で、顔はあまり悪くない。無口というか寡黙というか。
何を考えているのか分からない、掴みどころのない男だ。その点、長門に少し似ているかも知れない。長門は体格の所為か、黙っていても無表情でも威圧感があるが。長谷部は別に、悪い人間でもないようだ。
愛美は鞄の横の、ビニール袋に目を転じる。
「もう家の人に迎えにきてもらっていて、私がいなかったらどうするつもりだったんですか?」
長谷部は気の弱そうな困ったような表情を浮かべて「でも、いましたし」と呟いた。
そのまま長谷部は沈黙する。
愛美はその気詰まりな時間が苦痛で、早々に退散することにした。コーヒーを飲み干すと、口の中一杯に苦いものが広がった。




