表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/201

案件2 Mad Dog 7

 これから帰るところなのか長谷部はせべは黒いオーバーを着て、腕には何かの包みを抱えていた。

「これ、よかったらどうぞ。合うかは分かりませんが」

 長谷部はそう言うと、愛美まなみの手にその包みを押しつけた。そしてそのまま背を向けて歩き始める。

 愛美は白いビニール袋の中に入った箱を開けてみた。真新しいローファーが一足入っている。

 愛美は思わず目を見張り、袋を握り締めたまま長谷部を追いかけた。

「待って下さい。先生。長谷部先生待って」

 愛美はそこまで言って立ち止まると、くしゃみをした。二回続けてくしゃみをして、みっともなく鼻を啜っていると、目の前に長谷部が戻ってきていた。

「風邪を引いたみたいですか?」

 電気ヒーターの前に椅子を持ち出して手をかざしていると、少しずつ指先の感覚が戻ってくる。愛美は自分がすっかり冷えきっていたことに気付いた。

 

 生物準備室に、コーヒーのいい香りが漂う。

 コートを脱いでワイシャツの上にセーターを着た長谷部が、マグカップを愛美に差し出した。礼を言って愛美はコーヒーの入ったカップを受け取った。湯気といい匂いがする。

 

 あのあと長谷部は愛美を生物準備室に連れてきて、暖房をつけてくれた。

 その間長谷部はずっと無言で、今も黙ってもう一つのカップからコーヒーを飲んでいた。

 愛美は湯気を吹いて冷ますと、一口コーヒーを飲んだ。思わず顔をしかめる。

「にがーっ」

「苦いコーヒーを好んだのは、僕の恩師です。淹れ直しますか?」

 愛美は首を振って、黙ってその苦いコーヒーを飲んだ。

 ヒーターの熱される微かな音以外に、風が出てきたのか窓の軋む音だけが聞こえていた。

 愛美はソッと長谷部の方を伺う。面長の顔で、顔はあまり悪くない。無口というか寡黙というか。

 何を考えているのか分からない、掴みどころのない男だ。その点、長門に少し似ているかも知れない。長門は体格の所為か、黙っていても無表情でも威圧感があるが。長谷部は別に、悪い人間でもないようだ。

 愛美は鞄の横の、ビニール袋に目を転じる。

「もう家の人に迎えにきてもらっていて、私がいなかったらどうするつもりだったんですか?」

 長谷部は気の弱そうな困ったような表情を浮かべて「でも、いましたし」と呟いた。

 そのまま長谷部は沈黙する。

 愛美はその気詰まりな時間が苦痛で、早々に退散することにした。コーヒーを飲み干すと、口の中一杯に苦いものが広がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ