案件2 Mad Dog 6
「何それ。普通放っていくか。サラリーマン教師が。ムカつくー」
すっかり口の悪くなった愛美は、見えなくなった長谷部に対して毒づいた。
鷹宮高校の教職員用の独身住宅を借りているのは、現在七名。二年前以前から住んでいる教員は三名。
一人は愛美のクラス担任で、四十前の女の先生だ。
生徒からは鬼ババと綽名されている。すぐにヒステリーを起こすからだ。
もう一人は二十四才の体育教師。彼は以前に体罰問題を起こしている。竹刀で生徒に怪我を負わせたとかいないとか。
そしてもう一人が生物部顧問の長谷部だ。可もなく不可もなくといったサラリーマン教師だが、性格が暗く生徒達には気味悪がられている。
誰もがマッドドッグと関わりがあっても、おかしくない気がする。
愛美の偏見だろうか?
愛美は下駄箱の列から離れると、職員室に向かって歩き始めた。
東大寺と長門は現在出張中。紫苑は仕事で、年少の巴を呼ぶ訳にもいかない。愛美は綾瀬に連絡して、秘書の西川に迎えにきてもらうことにした。
職員室前の電話に小銭を入れて、綾瀬の私用の番号を押す。
数回の呼び出し音の後に聞こえてきたのは、留守番電話の案内だった。綾瀬の、深く甘い声が耳に吹き込まれる。
「何がただいま留守にしておりますよ。ふざけんじゃないわよ、もう。私がピンチの時はどうするのよ。バカァ」
愛美はひとしきり悪態をついた後、電話台の上に顔を突っ伏した。次に口から洩れた言葉は涙声だった。
――もうやだ。
一言呟いたきり、長い間愛美はそこでじっとしていた。暫くして顔を上げた愛美の頬に、涙の跡はなかった。
黙ってその場を離れると、愛美は玄関までいき靴箱の側に座り込んだ。
手提げ鞄から単語辞典を取り出して、めくり始めた。コートを着てマフラーも巻いているが、寒さが身体に堪える。
(風邪ひきそう)
愛美はそう思いながら、外が暗くなっていく中一人でテスト勉強にいそしんだ。
どれだけ時間がたっただろう。
部活帰りの生徒や教師が愛美の側を通り過ぎたが、誰も声を掛ける者はなかった。愛美は自分が透明人間になったような気がした。
辺りはすっかり真っ暗になっている。
「よかった。まだいましたか」
その声に顔を上げると、愛美を見下ろしていたのは長谷部だった。
(何がよかっただ)
靴がなくて家に帰れない愛美に、何を言い出すのか。




