案件2 Mad Dog 5
気を取り直して、下駄箱の上やゴミ箱まで覗いてみたが、愛美の靴は見あたらなかった。
「あー、もー、腹立つー」
人には聞かせられないような言葉を吐いて、愛美は下駄箱を殴りつけた。
鈍い音が、辺りに響く。
期末考査も問題だったが、愛美の捜査のネックになるのは人間関係だった。俗に言ういじめというやつだ。
三度目の転校と言うこともあり、今回は初めから仕事だと割り切っていたが全く嫌になる。
クラスの女子はみな大人しくいい子ばかりなのだが、誰かを槍玉にあげることに情熱を注いでいる馬鹿な男子のグループがいた。
愛美の靴を隠したのがそいつらだと言うことは、自明の理だろう。転校生と言うちょうどいいオモチャができたと、喜んでいるような奴らだ。
愛美がくる前は、病弱な男子がいじめられていたと言う。愛美がそれを肩代わりしたのだと思うにしても、いい気分ではない。
愛美は不機嫌な顔で、足元の校内履きを見た。このペカペカしたピンクの、トイレのサンダルみたいな上履きで電車に乗って家に帰るのなんて、絶対嫌だ。
(どうしよう)
愛美が途方に暮れていた時、運よくそこを通りかかった者がいた。本人にとっては運悪くだろう。
愛美は目を潤ませながら、内心ほくそ笑んでいた。
「長谷部先生」
愛美はその教師に駆け寄ると、白衣の腕を掴んだ。
昨日愛美が入部したばかりの、生物部の顧問。長谷部実だ。別に生物部のようなマイナーな部活に興味があった訳ではない。
普通の女子高生だった三崎高校時代は、クッキング部だった。
二十代後半の長谷部教諭は、驚いた顔でただ愛美を見つめている。殆ど会話らしい会話を交わしていないので、愛美の顔を覚えていないのかも知れなかった。
無口で暗い男だと言う第一印象は、変わっていない。
「靴がないんです」
愛美は、ここぞとばかり教師に泣きついた。
愛美は小学校の低学年の頃、クラス劇の『かさ地蔵』で主役のお爺さんの役をやったことがあり、演技には自信がある。と言っても、その後の『浦島太郎』や『花咲か爺さん』では亀やポチの役だった。
いじめられるのはその時の名残かも知れないと、今頃になって愛美は気付く。
「へえ、ちゃんと探してみましたか。家に連絡したらどうですか?」
長谷部は愛美の手を振りほどくとそれだけ言って、せかせかと歩いて行ってしまった。
ポカンとしたままの愛美だけが、その場に取り残される。
長谷部が向かったのは、職員室とは反対の方角だ。生物室に用があるのかも知れない。




