案件2 Mad Dog 1
夕間暮れ。
冬の日没は早く、四時を過ぎただけでもう暗くなっている。愛美は腕の時計に目を走らせ、待ち合わせの時刻にまだ間があることを確かめた。
待ち合わせの場所はハンバーガーショップ。
すぐ目の前に見えているが、中には入らず少し離れた所で待つことにする。
その時不意に、愛美は違和感のようなものを覚えた。思わず顔を上げて辺りを見渡したが、周りの景色に変わったところは見あたらない。しかし、肌にざわりとした感触が残っている。
愛美は胸騒ぎを覚え、考える前に走り出していた。
(何か・・・何かある)
ビルの隙間に身を躍らせ暫く走ると、さっきよりもっと強く得体の知れない感覚に襲われた。
近い。
路地へ出た愛美の足は次第に遅くなり、ついには止まってしまった。粘りつくような独特の香りが鼻孔を刺激する。
悲しいかな。最近馴染みの深くなったこの臭い。
「血の臭い……」
(行ってはいけない)
そんな囁きを押し殺して足を動かし、ゆっくり角を曲がった。
そこにはムッとするような、死の臭気が立ち込めている。
死体が……多分、ここからでは陰になっていてよく分からないが二つ、無残に切り裂かれ臓物も引きずり出されている。男女の別は、つかない。――と突然、影だと思っていたものが身動ぎした。
そして次の瞬間、その何かは飛び跳ねると愛美のすぐ横を黒い風となって駆け過ぎていった。
――? 今のは黒い大きな……犬?
「大丈夫ですか。お姉さん?」
愛美はその声で、自分が道路に座り込んでいることに気付いた。差し出された手に素直に掴まって、愛美は立ち上がるとデニムの尻を払った。
「今度の仕事のパートナーはあなたなの? 巴君」
幼い顔に不釣り合いな大きな黒縁眼鏡をかけた小学五年生の少年が、愛美を見上げている。
巴和馬。SGA最年少のメンバーだ。
愛美はあまり巴のことは知らない。いや、巴のこともと言った方がいい。
「東大寺さんが私用で遅くなるので、僕が連絡係を任されたんです。お姉さんが走っていくのを見て追いかけてきたのですが……」
巴はそこまで言って、嫌な匂いを撒き散らす死体を見やった。
愛美は慌てて巴の肩を掴むと、自分の方に顔を向けさせた。こんな小さな子供に、見せていい場面ではない。
しかし巴は愛美の手を押し戻すと、慣れてますとすげなく返して、眼鏡のブリッジを押し上げた。
「巴君、さっきの視た?」
愛美は、微妙なニュアンスを込めて言う。




