案件1 そして誰かがいなくなる 42
「本当はコイツ、それを滅茶苦茶後悔してたし、お前が無事に戻ってくるようにとずっと願かけてたらしい。そう言うこと。お幸せに……」
機関銃のようにそれだけまくしたてると、清水康平は信雄を置いてスタスタと歩き始めた。
芽久が康平を呼び止めようとした時、信雄が口を開いた。
「康平が高橋さんのこと好きなの知ってたから迷ってたんだけど、呼び出されていかなかったって話したら思いっきり怒られた。友情より愛情だろうって」
俯いていた信雄は顔を上げると、人懐っこい笑みを見せる。
今度は芽久が頬を赤らめて、顔を俯けた。
万里江と朋子は目配せしあうと、朋子は強く芽久の背中を叩いた。芽久はきゃっと言って一、二歩信雄の方に押される。
「じゃあ私ら帰るわ。菊池……ここのアップルパイおいしいから」
朋子と万里江は手を振って、ずっと先を歩いている清水康平を追いかけるように駆け出した。信雄は、照れ臭そうに頭を掻く。
本格的にダイエットしようと心に誓う万里江を後方に残して、朋子は康平の横に並んだ。
「やーい、フラれてやんの」
康平はチラリと朋子を見て、悪かったなと不貞腐れたように言う。
「しょうがないから、私が慰めて上げるよ」
朋子はそう言って、康平の腕を軽く叩いた。ようやく追い着いた万里江がそれを見て、顔を上気させたまま溜め息を吐く。
「トモも素直じゃないね。清水君のこと好きだからって言えばいいのに」
朋子の顔が、パッと朱をさしたように赤くなる。
「違う」
朋子は怒って万里江の肩を、ばしばし叩いた。
康平がそれを呆れたように眺めているのに気付き、朋子は下を向いた。康平が一言「暴力女」と呟き、朋子は悪かったわねと怒ったが、
「駅まで一緒に帰ろうぜ」
その言葉に、素直に頷いたのだった。
万里江は肩を竦める。
喫茶店の前で所在なげに佇んでいた信雄と芽久も、信雄の「入ろうか」の一言で二人は喫茶店の中に消えた。
日常の中に非日常の記憶は埋没し、やがて忘却の彼方へと忘れ去られる。
人は、平凡な日常の中にこそ生きているのだから……。




