案件1 そして誰かがいなくなる 41
不意に芽久が、素っ頓狂な声を上げた。
「分かった。私の夢の中に出てきたアリスだわ」
「夢ってあの事件の時の?」
朋子に睨まれて、万里江はしまったという顔をして俯いた。
この話題は学校では禁忌となっていて、当事者である人間の前では特に触れてはいけない問題だった。万里江も当事者であるが、部外者然としている。
芽久は気に病んでいるようではない。気にしているには違いないのだが、問題はどうも別なところにあるようだ。
「あの時のことは全然覚えてないんだけど、アリスに会ったことは確かなのよね」
芽久は、もう見えなくなった少女のポニーテールの背中を見ているようだ。
「アリスって、あの『不思議の国のアリス』?」
鏡の……とは、なぜか万里江は言いたくなかった。
「そう。私は真っ暗な穴の中にいたの。そしたら、白いうさぎを追いかけていくアリスが現れて、どこに行くのって聞いたら、私のいるべき場所に、私の元いた場所にって答えて扉から出ていったの。私が扉の向こうに出ていってみたら、私は病院のベッドで寝ていたわ。母の泣き顔を見た時、ああ、ここが私のいるべき場所なんだって思った」
万里江と朋子がほぼ同時に、
「芽久のお母さんが泣いたなんて、嘘でしょう?」
と言った後、言い過ぎたことを詫びた。芽久は気にしていない。
「私も最初信じられなかった。でもあの涙は嘘じゃなかった」
芽久には父親がいない。母親と、結婚していない男との間に生まれた子供だ。
仕事をしながら女手一つで芽久を育て上げたことを、万里江達も知っている。
「何かと言えば自立した女になれとか、勉強して偉くなって、その為には友人も選べって言ってたのよ。今まで母親の期待に応えるのが、すごく負担だったの。でも、私には私の生きる道があるんだって思ったら、気が楽になった」
芽久の視線が、ポニーテールのアリスの消えた方とは反対の道に吸い寄せられる。
緑ケ丘高校のブレザー姿の二人の男子が近付いてくることに、万里江達も気が付いた。菊池信雄と清水康平の二人だ。
信雄が俯いているのとは別に、清水康平は怒ったような顔で前だけを見つめていた。
芽久が、腹を据えたように背筋を伸ばした。信雄を後ろに従えた康平が、芽久の前に立つ。
「高橋。コイツが待ち合わせの場所に行かなかったこと、許してやって。俺の所為だから」




