案件1 そして誰かがいなくなる 35
愛美はハンカチを出すと、割れた鏡を丁寧にくるんだ。ブレザーの胸ポケットに収めると、愛美は気を失っている二人を揺り起こそうとする。
東大寺がそれを止め、信雄と朋子の傍らに膝をついた。
「目が覚めたら、今朝見たことを全部忘れる。クラスには東大寺という生徒も、近藤愛美という転校生も元からおらんかった。何もかも忘れるんや」
東大寺はそれだけ言うと、立ち上がって愛美に行こうと促した。二人は校舎を離れ、物陰からパトカーや救急車の到着を見守った。
緑ケ丘高校連続失踪事件は、極秘で捜査本部が設けられていた為、いざ事が起きたとなると迅速に人員の配置ができるという強みがあった。
救急隊員に担架で運ばれる横たわった人影を目にし、東大寺が愛美の耳許で低く囁く。
「あれは確か、一年の関根茜や」
愛美はよく見えなかったが、東大寺は視力もいいのでそうなのだろう。
昼休みに図書委員会に出席した後、行方が知れなくなっていた少女だ。
それから次々と担架は運び出され、救急車は随時病院を目指して走り出していった。
全部で十一人。
緑ケ丘高校で行方不明になっていた人数と呼応する。
最後に、救急隊員に挟まれながら歩いて出てきたのは、落合朋子と菊池信雄だった。二人はまるで夢でもみていたような、ぼんやりとした表情をしている。
「今あの二人に会っても私達のことは、もう分からないんですね」
東大寺が愛美の頭をつついた。
「何、暗くなってんのん? 余計な記憶が残ってたら、混乱するのはあいつらやねんで。それに暗示といっても、記憶を完全に消せる訳やない。記憶としては残ってるけど、それを本人の意識で思い出すことはできんだけのことや。偶然思い出すということは有り得るけど、自分にとって有害と判断された記憶は改纂されて脳に組み込まれるからな。俺らがたった一日でも同じクラスやったとは、思いもせんやろ。どっかで見たことあるなぁとは感じるかも知れんけど」
愛美は、東大寺の笑顔に元気付けられる気がした。
「とにかくこれで初仕事も無事終了したし、任務報告に綾瀬さんの所に行きませんか?」
続々と現場検証に向かうパトカーが、緑ケ丘高校に吸い込まれていくのを見ながら、愛美は胸ポケットを押さえてそう言った。
綾瀬に聞けば、教えてくれるかも知れない。プラス、嫌味も言われるのは覚悟の上だ。




