案件1 そして誰かがいなくなる 32
「これで最後ね」
――オ願イ止メテ。鏡ガ失クナレバ、皆ココカラ出ラレナクナル。
愛美は階段に残っていた、最後の姿見の前に立った。鏡に映った愛美は、うっすらと微笑んでいた。
その微笑みを見た瞬間、東大寺は鳥肌が立った。
嫌な予感がする。
東大寺は慌てて、ポケットに突っ込んでいた銅鏡を取り出した。
「なあ。これに封じ込めるんちゃうんか?」
鏡を愛美に見せようとすると、愛美は腕で庇いながら顔を背けた。
――東大寺サン。オ願イ。ソイツヲ鏡ニ突キ飛バシテ。
「それをこっちに向けないで。まだそれが残っていたのね。それを今すぐ、床に叩き付けなさい。そんな物があるからいけないんだわ」
愛美は怒っているようだった。東大寺は、今までにない命令口調で愛美に怒鳴られて驚いた。
愛美の頬は赤くなり、目は吊り上がっている。
「愛美ちゃん。馬脚を露すとはこのことやわ。お前は誰や?」
東大寺は愛美の肩をドンと突いた。愛美はよろけて鏡に左手をついた。
――捕マエタ。
愛美の手の平は、鏡に貼りついたかのように吸い着いていた。手の平と手の平を合わせて、二人の愛美が鏡のこちら側と向う側に立っている。
「東大寺さん。何を言っているの。私は愛美よ。それより早く、その鏡を壊して。私を助けて」
――止メテ、東大寺サン。私ハココヨ。鏡ヲ壊サナイデ。
東大寺は混乱した。愛美はどう見ても愛美にしか見えない。しかし、愛美の心の悲鳴はそれと正反対のことを叫んでいる。
「お願い助けて。騙されないで。こいつは化け物よ」
――鏡ヲ壊サナイデ。私ガ愛美ヨ。
涙を目に溜めている愛美は、いつも通り愛らしく、そして誠実そうだ。
東大寺は鏡を振り上げようとした。その時何か引っ掛かるものを感じた。
目の前の愛美が鏡についているのは左手。鏡の中の愛美は右手だ。
愛美の利き手は右・・・。
「俺はどうしたらええんや。どうしたらこの化け物を退治できるんや」
――鏡ニ太陽ノ光ヲ当テテ。ソレヲ高ク掲ゲテ。
東大寺はすぐさま行動した。階段を上がって、窓の外から差し込む朝の光に鏡を向けた。
愛美はやめてと叫んだが、鏡の中の愛美に腕を取られてその場から動けなかった。
「陰陽師など恐るるに足りぬ。儂を鏡に封じ込めた呪者の呪力が衰えて以来、陰陽師どもには儂を封じ込め直す能力はなかったとみえる。忌々しい結界など張りおって」




