案件1 そして誰かがいなくなる 31
錆は奇麗に拭われて、鏡面にはうすぼんやりと東大寺の顔が映っている。
信雄と朋子を連れて、東大寺は職員室へと向かった。愛美の姿はない。
どうしたんだろうと東大寺が訝っていると、その愛美が階段から下りてくるのに出喰わした。
「どないしたんや」
愛美が青い顔をしていると思ったのは、東大寺の勘違いだったらしい。愛美はいつも通りの微笑を浮かべると、東大寺を手招きした。
「いいことを思いついたの」
愛美は再び階段を昇り始め、東大寺はそれにつられて愛美を追いかけた。
「化け物を封じる方法が分かったんか?」
信雄と朋子も後をついてくる。愛美は、東大寺の言葉に足を止めると振り返った。
――化け物?
愛美は小さく呟き、それからフフと笑った。
「そうよ。簡単だわ。鏡を全部壊せばいいのよ」
愛美は何でもないことのように目を細めたが、東大寺は背中が嘘寒くなった。
何かが違う。何かがおかしい。でも、何が?
「でも鏡に閉じ込められた人達はどうなるんや。大丈夫なんか?」
東大寺が、不安な面持ちを隠そうとせずに愛美に言い募った。愛美は背中を向けて階段を昇っていく。
「勿論大丈夫よ。私の言葉が信じられないの?」
愛美の顔には、歪んだ笑みが広がっていた。愛美は、二階の踊り場で足を止めると大きな姿見と向き合った。
「もっと早くに気が付けばよかった。こんな簡単な方法があったなんて」
愛美の呟きは誰にも聞こえなかった。
愛美は拳を振り上げると、左の拳で鏡を叩き割った。細かく砕けた破片が踊り場に散らばり、星屑を撒き散らしたかのような光の乱舞が起こった。
愛美は左手から血を流しながらも、まるで痛みなど感じていないかのように階段を上がっていった。
東大寺には愛美の存在が遠くなったような気がした。
「とにかく、鏡を全部壊せばバンリも芽久も戻ってくるのね」
東大寺は曖昧な顔で、朋子の言葉に愛美の背中を盗み見るようにして頷いた。
そういうことになるのかもしれない。
壁に一枚だけ貼りついていた鏡の破片に、何か動くものが映っている。東大寺を含め一行は誰もそれに気付かず、愛美を追いかけていってしまった。
破片に映っているのは、どうやら人の姿だった。鏡の中から出してくれというように、腕を振り回している。
割れた鏡の破片の中で囚われ人となった少女は、必死で目の前の鏡面を叩きながら東大寺の名を呼ぶが、彼の耳にはそれは届かなかった。




