案件1 そして誰かがいなくなる 28
信雄はテニス部だ。朝練の為に早く学校に来たのだろうか。
「朝練は七時からや、えらい早いんちゃうか。まだ校門は閉まっとるで」
ふと、朋子は何か訳の分からない疑念にとりつかれた。東大寺がまるで、知らない人間のように感じられたのだ。
東大寺はお調子者で、スポーツ万能でかなり目立つ存在だ。一年の時はクラスが違ったが、彼は一年の時は何組だったのだろう。中学はどこで、兄弟はいるのかいないのか。
朋子はそこまで考えると、愕然とした。
菊池信雄や清水康平と一緒にいるのは知っているが、それ以外に東大寺については何も知らないことに気付いたのだ。
東大寺のパーソナリティーに関する記憶が欠落しているにも関わらず、朋子には東大寺がクラスメイトだという疑問の挟む余地のない事実だけがある。
「祠を壊したんはお前か。何を祈っとるんか知らんが、俺の言えることは一つや。お前の所為で高橋芽久は消えた」
東大寺の言葉に、朋子も信雄も顔色を変えた。
「ほんまのことを話してもら・・・」
東大寺は朋子に突き飛ばされた。
何すんねんボケと叫ぶ東大寺にはお構いなしで、凍りついたように座ったままの信雄に朋子は詰め寄った。
「あんた、待ち合わせの場所には行かなかったとか言いながら、本当は芽久に何をしたの。フるにしても、もっと芽久の気持ちを考えなよ。だから芽久は学校に来なくなったんでしょ」
にじりよる朋子と、泣きそうな顔をしている信雄を見ながら東大寺は一人、なるほどと納得していた。
「なんや、そういうことやったんか。つまらん」
朋子が、東大寺の言葉に敏感に反応する。
「何がつまらないのよ。芽久は真剣だったんだから。それなのにこいつが」
朋子はキッと信雄を睨んだ。朋子は勝手に、今回の事件の解釈をしてしまっている。
東大寺は、朋子を無視して信雄に念を押した。
「祠を壊したんは自分やないねんな」
信雄が当然だというように頷く。それを見ると、東大寺は不謹慎にもニヤニヤと笑い出した。何かを察して、信雄が顔を赤くしてそっぽを向く。
東大寺は、信雄にはもう興味ないという顔をして、祠の前から信雄をどかせて自分がその前に立った。
これから何が始まるのだろうと、朋子も信雄も固唾を呑んで東大寺を見つめている。東大寺は何の気負った様子もなく、祠の扉の内に手を差し入れた。




