案件1 そして誰かがいなくなる 27
少女はすぐに後ろ姿になり、光も闇に溶けて見えなくなった。
何をあんなに懸命に走っているのだろう?
まるで誰かを、追いかけているようだ。――届かない何かを。
光を感じる度に目を開けると、少女は横顔だったり後ろ姿だったり、もう残像しか残っていなかったりしたが、何とかして少女とコンタクトを取ってみたかった。
光が見えないかと目を凝らしていたが、待っていると少女は現れない。いい加減疲れて目を閉じそうになった時、遠くに光が灯るのを見た。
「何処に行くの?」
その言葉を言い終わった時には、少女は目の前まできていた。少女は立ち止まってこちらを見たが、まるで眩しそうに目を細めている。
あまりに闇が濃いので、自分の姿は見えていないだろうと思うと安心した。
もう一度同じ問いを繰り返すと、少女は顔を上げて毅然とした表情を見せた。
「私が元いた場所に。私がいるべき場所に」
少女が何処か一点を見つめている。目を凝らしてみると、暗闇を切り取るように白い空間が見えた。
それは扉だった。
ここではない何処かに続く扉だ。
少女は再び駆け出していき、扉の外へと消えていった。
――私が元いた場所に。私がいるべき場所に・・・ 。
辺りは相変わらず濃い闇が漂っていたが、扉が四角く切り取った空間は、白い強い光で発光して自己主張をしている。
まるでおいでおいでと手招きしているようだ。
ここではない何処かへ。
*
東大寺は朋子のことなど、これっぽっちも気にしていないようだ。さっさと走って行ってしまう。
向かっているのは裏庭らしい。
朋子は、自分がどうして東大寺を追っているのかも分からなくなっていた。ただとにかく置いていかれては大変だと思っていた。だが、後どれだけ走ればいいのだろう。
必死、努力などという言葉に縁のない朋子は、音を上げて東大寺を追うのを諦めようとした。しかしその時、東大寺もまた足を緩めていた。
「またお前か」
朋子の所からでは角度が悪いのか、人の姿は見えなかったが、そこに誰かいるらしい。朋子は足音を忍ばせて東大寺の背後に近付き、相手が誰なのかを確かめた。
「何だ。菊池じゃん」
朋子は安堵して、明るい声を上げていた。
だが東大寺も菊池も、一種侵しがたい気配を漂わせていた為、朋子は怯気付いて口をつぐんだ。
菊池信雄は、屋根の吹き飛んだ小屋のようなものの前にしゃがんでいた。
跪いている感じだ。彼の横には、通学鞄とスポーツバッグが置いてある。




