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案件4 きみにあいたい 69

 長門は相変わらず何を考えているのか分からない顔で、屈んでクッションを拾うと、東大寺とうだいじに投げて寄越した。

「お前に教わりたくない。いい加減アパートに帰れ」

 つれない男だ。

 東大寺は、へえへえ分かってますよと呟く。

 長門はつまみのスナック菓子を持って、自室に引き上げた。

 東大寺はソファに横になって、天井を見上げる。

――幻でも、お前に会えてよかった。会いにきてくれてありがとう。千尋。

 部屋の中に、バッハが軽やかに鳴り続けていた。

 

 エピローグ

「ずるいかな。千尋は俺とおって幸せやったと思うのんは、ただのエゴやろか」

 石神井川の川辺の桜が、今を盛りと咲き誇っている。

 花曇りの空の下、東大寺、愛美、そして紫苑の三人は歩いていた。

 花弁はなびらが、チラホラと風に散っている。

 明日明後日と、予報では傘マークだった。一雨くれば花もみな、散ってしまうだろう。

 今日で見納めだ。

 もったいないが、花の命は短いものだ。そして短いからこそ美しいと感じるのは、日本人独特の無常観からくるものだろう。

「そう思ってもいいんじゃないかな。って言うか、そう思いたいじゃない。東大寺さんはどうなの。お父さんとお母さんのこと、恨んでる?」

 休日ということもあり、花見がてらに散歩している親子連れや、恋人達の姿が多い。

 愛美達は、一体どんなふうに見えているのだろう。

 ピクニックバスケットを持った紫苑の、日本人離れした端正な容姿に、目を奪われる人も多い。

 横を歩いている愛美も鼻が高いが、目立ち過ぎるのも困りものだ。

 三角関係なんて、無理があり過ぎるか。せいぜい、東大寺と愛美が兄妹に見えるぐらいだろう。

「恨んでへんよ。嫌なこともあったけど、ええことも仰山ぎょうさんあったし。俺にとっても、あの人らにとっても、唯一の血を分けた家族であることに変わりはないもん。でもそう思えるようになったんは、ここ一年ぐらいのことやけど」

 東大寺は、パーカーのポケットに両手を突っ込んで、道端の小石を蹴りながら歩いている。

 東大寺の口から、家族の話が聞けるようになったということは、彼もようやく過去の束縛を、吹っ切ることができたのだろう。

 大切な人の死を、辛い記憶を含めて、思い出へと変えることができた時、人は新たなステップを踏み出すことができる。

 それがただのエゴイズムだろうと、人は生きていく為に、痛みを思い出へと変える。

「お袋も親父も、千尋を亡くして初めて、それが分かったんやろな。SGAに落ち着いてからは、お互い連絡はとりあってるし。でもやっぱり関西帰るのは、気ぃ重い部分もあるけどな。それもいつかは」

 東大寺は小石を、ポーンと力強く蹴った。

 草むらの中に見えなくなる。

「人間の心は複雑ですからね。っと、これは失言ですね。私なんかが言わなくても、東大寺君はよくご存じのことでしょう」

 紫苑の言葉に、当り前やボケと、東大寺が憎まれ口を叩く。

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