案件1 そして誰かがいなくなる 2
「俺の名前は東大寺遥。女によう間違われるんで嫌やから、フルネームでは名乗ってなかったんやけど」
東大寺遥少年は、空に向かって綾瀬に悪態をついた。
「ご・・・ごめんなさい」
愛美もまだ衝撃から立ち直れないでいる。やはり、紫苑の方が良かったかも知れない。
「ええねん、綾瀬のアホが悪い。――と言う訳で、よろしゅう頼むわ」
立ち直りの早い東大寺は、そう言って愛美に片目を瞑って見せる。
「クラスは一緒で二年C組やけど、お互い知らんふりしといた方がええと思う。愛美ちゃんは転校生で、俺は元々この学校の生徒やから」
東大寺はそう言うと、他の生徒達が団体で登校してきたのをきっかけに、愛美の側を離れて行った。
正面を向いたままで、小さく校舎の二年C組の教室の窓を指差している。また後でと、いうことだろう。
東大寺が通っているのは、星成西高校という男子校だ。東大寺は得意の催眠術で、クラスに一足先に潜り込む気らしい。
それにしても、一年生の愛美が二年生か。東大寺も同じ目に、以前陥っているらしいが。
授業をどうしようかと不安になったが、別に学校生活を充実させるのに通う訳ではなく、仕事の為だと割り切る。
愛美は大きく息を吸って気合を入れると、校門横に立っていた朝当番の教師に挨拶をして、校門を抜けた。
「気味悪いよね。絶対この学校呪われてるよ」
昼休み。
愛美の隣の席の林万里江が、親友の落合朋子にそう言った。浦羽学園の時とは違い、この学校の生徒はあまり転校生には興味を示さなかった。
愛美が話しかければ返事をするが、彼らとの間には深い溝があるように思われた。
溝は、一時間目の日本史の抜き打ちテストで、明確になったような気もする。お爺ちゃん先生は、転校初日の愛美には可愛そうだがと言いながらも、テスト用紙を配った。
三崎高校や浦羽学園と比べれば、緑ケ丘高校はかなりランクが落ちる。
だからと言って二年の授業についていけるかは甚だ疑問だったが、前の学校では選択科目だった社会が、この学校では一年地理、二年日本史、三年世界史と別れているらしい。
日本史は元々愛美は得意だ。予想通り、愛美はクラスで最高点を取った。浦和学園からの転入と言うことだけでも、反感を買うだけの余地があったのかも知れないが、愛美はもう気にしなかった。
思った通り、数学の二次関数はチンプンカンプンだった。
数学の抜き打ちテストで0点を取ろうとも、やがてくる期末考査で散々な目に合おうとも関係ないと頭では分かっていたが、やはり友達ができないのでは寂しい。