案件4 きみにあいたい 65
萩原と東大寺は言葉を交わすことなく、愛美を待った。
エレベーターが降りてきて、愛美が戻ってくる。手には分厚い書類を持っている。
それが何かは東大寺にはすぐに分かったが、何も言わなかった。
「緑ケ丘から聖蘭女子まで、事件の真相の全てがここにあります。発表するかどうかは、あなたの判断に任せます。マッドドック事件の顛末は、亡くなった先輩の墓前ででも、話してあげてください。無念を晴らせるとは思わないけど、餞がわりに」
愛美が差し出す書類の表紙には、緑ケ丘高校連続行方不明事件概要の文字が印字されている。
萩原は、書類の束をソッと受け取る。
愛美が微笑んだ。
「ありがとう。もう二度と君達を煩わせる気はないから、安心してくれ」
重苦しくなった雰囲気を、東大寺が破る。
萩原の背中を親しみを込めて、東大寺が叩いた。バシンと凄い音がして、萩原が痛さに顔をしかめて呻く。
力加減を間違えたと、東大寺が謝りながら慌てて萩原の背中を撫でた。
愛美がプッと吹き出し、萩原もつられて笑顔になる。
(それにしても痛い)
「また事件を追っかけてるうちに、会うかもしれんで。そん時は、そん時や。お互い自分の仕事に、ベスト尽くそうな。ほな、な、萩原さん」
二人に見送られて、萩原は家路についた。
どこかに寄って、飲む気にもならない。
電車に揺られながら、萩原は書類に目を通した。
近所のコンビニでおにぎりとカップラーメンを買い込んで、アパートへと帰った。
質素な食事を終え、一息ついたところで携帯が鳴った。
暫く鳴らしておいても切れないところを見ると、同業者からの電話らしい。仕方なく萩原は電話に出た。
「ああ、加納さん」
加納孝明。萩原の、新聞社時代の先輩だ。
――その後の進展はどうだ?
加納はまず、そう聞いてきた。
愛美から、星成西高校で事故死した三人の生徒の、事故時の様子を調べて欲しいと言われた時、加納のコネを使ったのだ。
運が自分の方に向いてきたと、萩原は加納相手に、熱く語ったことが夢のようだ。
いや、今日の出来事の方が夢のようだろう。本当にあったことなのだろうか。
近藤愛美。東大寺遥。彼らは本当に存在するんだろうか。
全て、萩原が作り出した幻ではないのか。
「何だ。この前飲んだ時の、勢いはどうしたんだ?」
からかうような加納の言葉に、萩原は嘆息する。
手元には、萩原が渇望してやまなかった、禁断の木の実がある。
萩原はその紙の束を持って、シュレッダーの前に立った。