表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
195/201

案件4 きみにあいたい 64

 誰かの背中におぶられていることに、愛美は気付いた。

 夢を見ていたらしい。

 ここは。マンションの近くだ。いつも通る、駅からの道。温かい背中。

(お父さん?)

 違う。

 広いと思っていた父の背中も、愛美が大きくなるにつれ、遠ざかっていくようだった。

 仕事で疲れて帰ってくる父は、小さく見えた。

 死んだ一年ほど前から、殆ど会話を交わすこともなかった父。いつも父が見せていた背中は、愛美を拒んでいるかのようだった。

 決してそんなことはなかったのに。

 幼い頃と同じように、いつでも愛美を受け入れてくれたのに。

「お目覚めですか。お嬢さん?」

 愛美が起きた気配を、感じたらしい。萩原が、首だけねじって愛美に声をかけてきた。

 愛美は地面に、下ろしてもらう。

 父親と間違えたことは内緒だ。萩原は、気を悪くするだろう。

「重かったでしょ」

 萩原が正直にうんと頷くと、愛美はモーッと牛のように鳴いて、握り拳で萩原の腕を軽く叩いた。

 しかし、すぐに申し訳なさそうな顔になると、本当に済みませんでしたと頭を下げた。

「いや、おぶってたの、殆ど彼の方だし」

 愛美は東大寺とうだいじにも、ごめんねと謝る。

(久しぶりに懐かしい夢を見た)

 あの後、はしゃいで走っていた弟が転けて、石で額を切り二針縫う怪我をした。

 頭の傷は沢山血が出るとその時知ったが、愛美としてもかなり衝撃だった。

 母親が、どうしてつよしをずっと背負っていなかったのかと、烈火の如く怒ったことも、今では懐かしい思い出だ。

(みんな、今はいない人達だ)

 水鏡を覗いた所為だろうか。昔を思い出すなんて。

 もし、彼らが愛美の前に現れたら?

 愛美もまた、言えるだろう。

(私、頑張ってるよ。一人でも何とかやってる。だから、私もまだ一緒にはいけない)

 マンションの前まで来ると、東大寺が上を指差して萩原を誘った。

 玄関の前で立ち止まる。

「メシぐらい食うてってよ。礼代わりや」

 愛美もそれに異存はない。

 眠ってしまった愛美を起こすことなく、奥多摩からここまでおんぶして連れ帰ってくれたのだから。お礼の一つもしたい。

「そうですよ。東大寺さん、これでもすごくお料理上手なんですよ」

 愛美が萩原の腕を引っ張る。

――これでもって何? と、東大寺が言うのを、愛美は笑っていなす。

 萩原は、首を縦には振らなかった。

「いや、俺はここまででいいよ。明日から仕事あるし」

 別れの時がきているのを、みな感じていた。

 愛美は残念そうに「そう」と呟くと、

「ちょっと待っててもらえますか」

 一人でマンションに上がっていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ