案件4 きみにあいたい 64
誰かの背中におぶられていることに、愛美は気付いた。
夢を見ていたらしい。
ここは。マンションの近くだ。いつも通る、駅からの道。温かい背中。
(お父さん?)
違う。
広いと思っていた父の背中も、愛美が大きくなるにつれ、遠ざかっていくようだった。
仕事で疲れて帰ってくる父は、小さく見えた。
死んだ一年ほど前から、殆ど会話を交わすこともなかった父。いつも父が見せていた背中は、愛美を拒んでいるかのようだった。
決してそんなことはなかったのに。
幼い頃と同じように、いつでも愛美を受け入れてくれたのに。
「お目覚めですか。お嬢さん?」
愛美が起きた気配を、感じたらしい。萩原が、首だけねじって愛美に声をかけてきた。
愛美は地面に、下ろしてもらう。
父親と間違えたことは内緒だ。萩原は、気を悪くするだろう。
「重かったでしょ」
萩原が正直にうんと頷くと、愛美はモーッと牛のように鳴いて、握り拳で萩原の腕を軽く叩いた。
しかし、すぐに申し訳なさそうな顔になると、本当に済みませんでしたと頭を下げた。
「いや、おぶってたの、殆ど彼の方だし」
愛美は東大寺にも、ごめんねと謝る。
(久しぶりに懐かしい夢を見た)
あの後、はしゃいで走っていた弟が転けて、石で額を切り二針縫う怪我をした。
頭の傷は沢山血が出るとその時知ったが、愛美としてもかなり衝撃だった。
母親が、どうして剛をずっと背負っていなかったのかと、烈火の如く怒ったことも、今では懐かしい思い出だ。
(みんな、今はいない人達だ)
水鏡を覗いた所為だろうか。昔を思い出すなんて。
もし、彼らが愛美の前に現れたら?
愛美もまた、言えるだろう。
(私、頑張ってるよ。一人でも何とかやってる。だから、私もまだ一緒にはいけない)
マンションの前まで来ると、東大寺が上を指差して萩原を誘った。
玄関の前で立ち止まる。
「メシぐらい食うてってよ。礼代わりや」
愛美もそれに異存はない。
眠ってしまった愛美を起こすことなく、奥多摩からここまでおんぶして連れ帰ってくれたのだから。お礼の一つもしたい。
「そうですよ。東大寺さん、これでもすごくお料理上手なんですよ」
愛美が萩原の腕を引っ張る。
――これでもって何? と、東大寺が言うのを、愛美は笑っていなす。
萩原は、首を縦には振らなかった。
「いや、俺はここまででいいよ。明日から仕事あるし」
別れの時がきているのを、みな感じていた。
愛美は残念そうに「そう」と呟くと、
「ちょっと待っててもらえますか」
一人でマンションに上がっていった。