案件4 きみにあいたい 63
「彼女、自分で言ってたじゃない。幻にとりこまれてしまうって。愛しい人の姿を水鏡に見ながら、この泉の側で果てた迦耶姫。心中のつもりだったんでしょうね。水鏡に映るのは何も、死者だけじゃないわ。そして、実際のところ、処刑された筈の若君は死んでいなかった。都に戻って罪を許されれば、こんな山奥の鄙びた所に住む娘のことなど忘れてしまうだろう。娘を思いやってついた父親の嘘だった。戻ってきた若君は、迦耶姫の死を知って愁傷のうちにこの地を去る。彼はこの地に伝わる水鏡の伝説を知らなかったのか、それとも死者と生者の分を弁えていたのか。さだめし後者の方でしょうね。彼女の思いはどこにもいけず、この泉に縛りつけられていた。彼女の思いは、何百年の時を経てようやく解放されたの」
何百年と残る人の思い。
姫も若君も二人の仲を裂いた者も、みな死んでしまったのに、それでもなお残った気持ち。
切ない。
「ってことは、水鏡の伝説はまだ生きてるってことかい?」
萩原の言葉に、今度は愛美も頷いた。
「勇気があるなら覗いてみる? 最も愛する人の姿が、見えるかも知れないわよ」
萩原は、滅相もないというように首を振っている。
愛美はどうなんだろう。
泉を覗いた彼女は、誰かの姿をそこに見たのだろうか。
それは誰だろう。
「水鏡映ずる影は来ぬ人と 幾夜呼ばいし 忘れ得ぬ君」
幾ら呼びかけても会うことの叶わない人、それでも忘れることのできないあなた。
「愛美ちゃん」
突然倒れた愛美に、萩原と東大寺が駆け寄る。愛美を挟んで、東大寺と萩原は顔を見合わせた。
今の今まで話をしていたのに。
「寝とる。ヨリシロなんかやって、きっと疲れたんやろな。御苦労さん」
安らかに寝息を立てている愛美を、東大寺は軽々と抱き上げると、
「これにて、一件落着~っと」
某時代劇の台詞を吐いた。
*
夕方。
辺りが薄暗くなり、街灯がポツリポツリと明かりを灯し始める。
ビルの谷間に沈んでいく夕日の名残の赤が、空を血の海に染めている。
『剛ばっかりずるい。私も、おんぶ』
神田川の河川敷。川面に夕日が映っている。繋いだ大きな手。
『二人は無理だよ。マーちゃんは今度』
唇を突き出して地団駄を踏む。すると、言い出しかねていたかのように。
『僕、自分で歩くぅ』
買ってもらったばかりの靴が、本当は嬉しくて仕方がないのだ。
ほらと背中を向けられる。大きな広い背中。大好きな……。