表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
189/201

案件4 きみにあいたい 58

 まるで、彼女に挑戦しているかのようだ。

 愛美は匂いを辿るように、歩き始める。

「さっさと行って、仕事を片付けなくっちゃ」

 東大寺とうだいじの、大ボケな言葉が愛美を追ってくる。

「行くってどこへ?」

 愛美は怒るよりももう、呆れ果ててしまう。

 どっちが上だがわかりゃしない。

「泉に行くんでしょ。幽霊の正体見たり枯れ尾花ってね」

 まだ桜の季節には早いが、山の木々は早春の風の中で芽吹き始めている。

 確信に満ちた足取りで、再び道なき道を歩き出した愛美に、萩原と東大寺は顔を見合わせて、その背を追いかけた。

「そう言えば、泉のそばに水仙が咲いてたって言ってたっけ」

 泉に行くといっても、東大寺には場所が分からない。それなのに、愛美が先頭を切って歩いている。

 もう花の時期は終わっている筈だ。

「水仙は、水辺に咲く花ですからね。水仙と言えば、やっぱり思い出すのはギリシャ神話のナルキッソスですよね」

 愛美が萩原に同意を求める。

 水仙の花言葉は、自惚れだ。

 ギリシャ神話の中に、水に映った自分の姿をうっとりと眺める、ナルキッソスという少年が出てくるのだ。諸説あるが、ナルキッソスは女神の怒りを買って死に、死後に水仙が残ったとかどうとか。

 ナルシストの語源になった話だ。

 萩原は思った通り、この話を知っていた。

「ああそうだね。水鏡に自分の姿を映して悦に入るなんて、常人にはやっぱり理解できないよ」

 萩原の台詞に、愛美がおかしそうにくすくすと笑っている。

 いつの間に仲良くなったのだと、東大寺は思う。しかも東大寺は、ナルキッソスって何という状態だ。

 水鏡?

「そうや、思い出した」

 突然、東大寺が大きな声を出した為に、愛美と萩原が驚いた顔をする。

 東大寺が、高校一年の頃だ。場所はまさしく、この奥多摩。

 夏の合宿と言えば、お決まりの怪談話が始まった。先輩が聞かせてくれた中に、この地方に古くから伝わる話というのがあった。

 東大寺は急かされるように、愛美達にその旨を話した。

 理事長の祖父だかが、当時山に入る土地の人々から聞き集めたと言う話らしい。

 

 以下は、愛美がその後で調べて分かったものを、ここに記しておく。

 

 昔々のことだ。史実と言うよりお伽噺の体なので、時代は平安末期なのか、鎌倉なのか分からない。

 都で無実の罪を問われた貴族の若君が、この山深い土地へと逃げのびてきた。

 この一帯を支配する豪族にかくまわれることになった若君は、献身的に彼の身辺の世話をしてくれた豪族の娘の姫君と、恋に落ちる。

 しかし二人の仲は、金に目がくらんだ姫の親類縁者の、検非違使けびいしへの内通によって裂かれた。若君は都へと連れ戻され、罪人として処刑される。

 姫は、二度と戻らぬ男をずっと待ち続けたまま、若い身空みそらで病死したという。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ