表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
188/201

案件4 きみにあいたい 57

「いつか人々が事件を忘れても、真実が歴史の中に埋没してしまっても、私だけは決して忘れたりはしない。それが私にできる全てだわ。真実は胸の中に秘めておくべきものだと、あなたにもいつか分かるかも知れない」

 萩原が、愛美の手を強く握り返してくる。

 同意しているかのように愛美には思えたが、そうではなかった。萩原が愛美の耳許で低く「彼だ」と、囁いた。白い霧の中に人影が見える。

 よかった。東大寺は無事だ。

 二人の歩調が早くなる。愛美は敏感にも、足元の地面が岩場に変わったのを感じて足を止めた。つられて萩原も足を止める。

 東大寺さん?

 嫌な予感が、愛美の胸を締めつける。

 愛美は、行っては駄目だと声を限りに叫んでいた。東大寺が驚いて、こちらを振り返る。

「東大寺さん!」

 愛美は、東大寺がそのまま消えてしまうのではないかと不安になって、思わず彼の方に駆け寄ろうとした。

 東大寺がやんわりと首を振って、微笑を浮かべる。大丈夫だと言いたいらしい。

 東大寺は、前に差し出していた腕を、ぎこちない仕草で引き戻した。

 俯いていた顔を、東大寺は上げる。そこには微笑が浮かんでいた。

「ごめんな千尋。俺、ちゃんと頑張ってるから。兄ちゃん一人でも、何とかやっていけるから、一緒にはいかれへん。俺はまだ死ねんのや」

 愛美は、身体を硬くする。

 そこにいるのか。

 愛美には見えない。幽霊だから見えないのか。それとも、それは東大寺にしか見えないのか。

 泉の水を飲んだ者だけに見える幻。

 

 不意に霧が薄れたかと思うと、雲散霧消した。

 愛美と萩原は、ほぼ同時に駆け出していた。東大寺が尻餅をつく。

「おい、大丈夫か?」

 うっと呻いて、萩原が身体をのけぞらした。

 東大寺が立っていたのは、切り立った崖の上だった。

 深い谷底を、細い水流が流れている。

 愛美は安堵して、思わず座り込んだままの東大寺に抱きついた。

 無事でよかった。

「あと一歩でも動いていたら、まっさかさまね。いくら東大寺さんでも、助からなかったわよ。もう。心配させないでよね」

 東大寺がすまんと一言、謝った。

 本当に悪いと思っているのかと、問い詰めたくなる。

 もう少しで死ぬところだったのだ。

 

 萩原が呑気に崖下を覗き込んで、感嘆の吐息を洩らしている。

 どっもどっちだ。

 今の状況を分かっているのかと、愛美は文句の一つも言いたくなった。

(しかしそれにしても)

 愛美は立ち上がると、辺りの空気を嗅いだ。

 霧は消えたが、妙な気配がまるで愛美を呼ぶかのように流れてくる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ