案件4 きみにあいたい 55
「緑ケ丘の事件の時。警察の捜査陣が誰一人目を向けなかったのに、あなたは神隠しという視点からあの事件を見た。どうしてですか?」
オカルティックなものに、関心があるからという訳では、ない筈だ。
神隠しなんて言葉は、普通なら人の興味を引く為に使うぐらいだろう。
「噂や言い伝えなんかも、馬鹿にできないってことさ。死んだ先輩は、大学の頃民族学をやっていてね。伝承や口伝えの重要性を説いてくれた。でもそういう考え方を、みんな馬鹿にする。神隠しだの呪いだの。そんなものは非科学的だと、一笑に付されてしまう。後生大事に抱えている科学的な根拠とやらを、一つも明示できないままなのに」
でもそれが普通の考え方だろう。
愛美は萩原に、全てを打ち明けたくなった。
「マッドドッグ事件の犠牲者の長谷部実が生まれた東北の山村には、犬神との約束を違えた為に、呪いを受けたという話が伝わっていたそうよ。その村で生まれた子は、呪いの所為で犬になるの」
萩原は頷いて、
「そういうのもあるね。よく聞くのは、平家の落人の里とか」
と続けたが、不意に言葉を切って愛美を見た。
愛美が頷き返す番だ。
「長谷部実がマッドドッグよ。東大寺さんは、長谷部は自殺だと言ってくれたけど、結果的に殺したのは私なのよ。これ以上罪を、重ねさせる訳にはいかないじゃない。でも罪って何? 犬神伝説の残る村に生まれたのは、彼の責任じゃないわ」
たぶん萩原には今の愛美の言葉だけで、事件のカラクリが見えたことだろう。
沈黙しているのは、その言葉の重さを噛み締めているのか、それともやはり真実は彼の理解の及ばない範中にあるのか。
暫くして、萩原はポツリポツリと考えながら話し始めた。
「権力の横暴。泣き寝入りするしかない被害者。日本の司法制度のあり方。長引く裁判。癒着。罰されずにのうのうとしている政治家。冤罪事件。そういうものから、人々を守るのがマスコミの役割だと思ってる」
その咄々とした語り口が、萩原の真剣さを表しているようで、愛美は好感をもった。
「でも、分からなくなる時がある。メディアのもつ力の方向性が。一歩間違えれば、アジテーターの役割を果たすだけになる。今の報道のあり方を見ていると、問題がどこにあるのか、みんな見失ってる」
萩原は、記者として色々な事件に係わってきたことだろう。
愛美自身が、悪夢の中に放り込まれるまでは、犯罪とは彼女にとってニュースの中の出来事でしかなかった。
誰でもそうだろう。