案件4 きみにあいたい 54
一メートルほど離れた萩原の姿さえ見失ってしまいそうで、愛美は慌てて彼の側に駆け寄った。
東大寺とは、完全にはぐれてしまったようだ。
(大丈夫だろうか)
自分が命を狙われているのだから、軽はずみな行動は慎むべきだろう。
これでは何かあっても、愛美にはどうすることもできない。
「彼って、野生の勘を持ってそうだから、大丈夫なんじゃないかな」
この楽観的な台詞を聞いた途端、愛美はキッと萩原を睨みつけた。
「動物並みによいのは、嗅覚と反射神経。方向感覚はあるけど、性格がアバウトだから、すぐに脱線して迷子になるのよ」
愛美も自分でも凄い言いようだと思ったが、東大寺の性格をそのものズバリ表わしているといっていいだろう。
フォローのしようがない。
「ちょっと待って、彼、命を狙われてるんだろう?」
ようやく思い出したかというように、愛美は萩原に挑みかかるように頷いた。
東大寺が自ら奥多摩に行く目的と、自分の置かれている立場を話したので、萩原にも一応の事の次第は伝わっている。
萩原も、確かに一人になるのはどうかと思った。が、事の重大性をいまいち把握していないのは仕方がないだろう。
「だから焦ってるんでしょーが。あなたまで迷子になったら承知しないんだから」
萩原は、ごもっともですというように頷いた。
ここは、この少女に任すしかないだろう。
萩原と愛美は、身を寄せ合うようにして歩き出した。とにかく進んで、東大寺を探すしかない。
その時、
「霧を抜けた」
カーテンのように視界を遮っていた霧の中から、二人は抜け出していた。
道がカーブになったところまではるかに見渡せるが、東大寺の姿はない。
霧は消えたのではなく、道を離れた森の木々の間をゆっくりと流れていた。
東大寺は、道を外れたに違いない。愛美はそんな気がした。
「抜けたら駄目なのよ。霧が深い方へ深い方へ行けば、そこに東大寺さんがいるわ。きっと」
愛美は、萩原の手に自分の手を滑り込ませた。
――これなら離れ離れにならないでしょう。
ちょっと途惑ったような顔を見せて、萩原は頷いた。
二人は霧を追って、山中へとわけいる。道なき道だ。愛美の息は、すぐに上がった。
「時間があったら、この辺りに昔から伝わってる伝承なんかを、調べてみたらよかったんだろうけどね」
萩原に、手を引かれる形になる。
「そうよ。その手があったのね。でもどうして、あなたはそんな方法を知ってるの?」




