案件1 そして誰かがいなくなる 18
別に紫苑も、帰りが遅いことを責めている訳ではない。愛美の身に何かあったのではないかと、それだけが不安だったのだ。
紫苑は、愛美が無事なら問題ないとすぐに表情を緩め、食事の用意を手伝って欲しいと言った。
今夜はビーフシチューだ。
愛美が帰ってくるまでの間ずっと弱火で煮込んであったシチューを器にもって、温野菜のサラダに手製のチーズドレッシングをかける。
ポテトとベーコンと卵の炒め物は、電子レンジで軽く温め直した。デザートは林檎のコンポートだ。
愛美は東大寺の為に、山盛りにした御飯を差し出した。
愛美が帰ってきて以来、彼は一言も口を利いていない。
食べ物の恨みは怖い。
空腹のあまり東大寺は、愛美に腹を立てているのかもしれないと思う。
「ごめんなさい。遅くなって。お土産にチョコチップクッキーがあるんです。食後の紅茶の時に、食べませんか?」
怖々聞いた愛美に、東大寺は思い出したかのように笑顔を見せた。ちょっと考え事をしていたのだと言って、東大寺は照れ臭そうに頭を掻く。
「大変やで。緑ケ丘でまた一人行方不明者が出たて」
真面目な顔をしてそう言った東大寺に、愛美はやっぱりと頷いた。
東大寺の方がそれには驚いたが、行方不明になったのが二年C組の林万里江だと知ると、やはり驚きを隠せず痛ましそうな表情を浮かべる。
「それも大変ですが、愛美さんはどちらに行っていたのです? 事件に関係あることですか」
愛美は頷くと、食事の合い間に夕方から今までの自分の足取りを語って聞かせた。
愛美は、萩原武史に教えられた十二の祠を、書店で買った地図を片手に全て確認して歩いたのだ。
食事が終わって、今日の片付けは一人でやりますと紫苑が言ってくれたのに甘えて、愛美は鞄の中から千分の一の地図を取り出してテーブルの上に広げた。
緑ケ丘高校を中心にした半径二キロの円上に、赤いマーカーでバツ印が打ってあり黒いペンでバツ印を繋いで円が描かれている。
紫苑がそれを見て、結界ですねと呟き、愛美はそれに力強く頷いた。
そう、それは緑ケ丘高校にある祠を封じる為の守護結界だ。
戦前は高校があった場所は田んぼだと萩原が言っていたので、田の神様を祀る祠として、何かが封印された銅鏡が安置されていたのだろう。
戦前、戦後、そして今まで幾度かの改築を経て祠と銅鏡は受け継がれてきたのだろうが、何かがきっかけで封印が解けたのだ。