案件4 きみにあいたい 48
お守りだと言われて、愛美は素直に受け取る。
「奥多摩に行く時も持っていけ」
綾瀬は念を押すのを、忘れなかった。
言葉の微妙な色合いにまでは、愛美は気を回している余裕などない。
愛美はスカートのポケットに巾着をしまうと、
「どうもありがとうございました」
言葉とは裏腹に、全然ありがたいと思っていないのがよく分かる口振りだ。
イーッと愛美は小さい子供のような仕草をして、部屋を出ていった。
紫苑が呆れたような顔をしながら、綾瀬に聞く。
「いま渡した物、何ですか?」
綾瀬は、少し機嫌を損ねたような顔で横を向いた。
「式の一種だ。何かの役には立つだろう」
式=式神のことだ。
何だかんだ言っても、東大寺と愛美のことを心配しているらしい。
綾瀬は照れているだけなのだろう。本当に素直じゃないんだからと、紫苑が独り言ちる。
そして、愛美が口をつけなかった紅茶とスコーンを、勿体無いと言って、ソファに座って食べ始めた。
綾瀬は、シガレットケースから煙草を抜き出すと、
「あれが人にものを頼む態度か」と、言った。
背広のポケットから、年代物のジッポを取り出す。
「おねだりされたら、一発でコロッといってしまうんでしょう?」
紫苑がクスクスと笑っている。
「そういうことだ。オジサンの扱い方を分かっていないんだからな」
見透かされているなら仕方がないと、諦めたように綾瀬がようやく笑みを見せた。
しかしすぐにいつものポーカーフェイスに戻ると、冷たく言い放つ。
「なんにしろ。これは遥自身の問題であることに変わりはない。自分で乗り越えない限り、過去はいつまでたっても影のようにつきまとって離れない。それこそ亡霊のようにな」
綾瀬はそう言いつつ、ジッポのライターを愛しげに撫でた。
*
「萩原さん。私、近藤愛美です」
相手はたぶん、かなり驚いただろう。
夜の駅の公衆電話。
愛美は東大寺に聞かれるのを厭って、コンビニに行くと言って部屋を抜けてきたのだった。
萩原に貰った名刺はその場で返してしまったが、綾瀬に報告する為に手帳に控えておいたのがそのままになっていた。
携帯の番号だ。どこか騒がしいところにいるらしい。人の声がガヤガヤと聞こえている。飲み屋にでもいるのだろう。
「ちょっとお願いがあるんです」
萩原は突然の電話にも関わらず、俺にできることならなんなりと、と答えてくれた。
東大寺が言うように、悪い人間ではないらしい。萩原の心を読んだ東大寺が後で、マスコミの人間にしてはいい奴だと教えてくれたのだ。