案件4 きみにあいたい 44
「誰にも知られたくない過去の一つや二つある」
東大寺は、驚いたように愛美を見つめた。愛美は微笑を浮かべると、
「綾瀬さんの台詞」
東大寺は珍しくコメントを挟まなかった。小さく頷くと、淡々とした調子で言った。
「東大寺千尋。俺の二つ年下の妹。生きとったら、今年中学三年生や。ほんまやったら、高校一年やねんけど、病気がちで小学校の入学が遅れたんや。俺が中三であいつが小六の時、風邪をこじらせて亡うなった。一月の、真冬の頃やった。今になって、幽霊になって俺を連れにきたらしい」
東大寺が、命を狙われている?
東大寺には予感があったのだろう。
冗談のように、今年は厄年だろうかと言っていた東大寺だが、愛美が知らないだけで、もっと前から前兆のようなものがあったのかも知れない。
東大寺の左手にはガラスで切った傷口が、まだ痛々しげに残っている。煩わしいからと言って、すぐに包帯もガーゼも外してしまうような東大寺だ。
流石に、部活の時だけ絆創膏は張っているらしい。手の平だから、すぐに汗で取れてしまうらしいが。
東大寺は何かを決意したように、愛美に向かって宣言した。
「この日曜に奥多摩に行く。ちょっと確かめたいことがあるんや」
奥多摩といえば、春休み中、東大寺がバスケ部の合宿で行っていた所ではないか。
紫苑が、東大寺の留守中のペットの世話を頼まれたと、ボヤいていたっけ。紫苑も愛美と同じで、ハ虫類は苦手らしい。
そのマッドドッグ事件の犠牲となった、竹内龍太郎と長谷部教諭の形見である亀のウェルズ君改めコロは、東大寺とともに今はこっちのマンションに移っている。
合宿中、奥多摩で何かあったのだろうか。また奥多摩に行く理由は、それ以外に考えられない。だとすれば、ハイキングなんて可愛い目的ではない筈だ。
愛美は迷わずに言っていた。
「私もついて行ったら駄目?」
東大寺は暫く考えていたが、やがて、
「そうやな。俺一人で、どうとなるもんでもないやろし」
と言った後、てるてる坊主を作らなければと、鼻歌混じりに続けた。
「お弁当持ってピクニックや」
愛美は頭痛がするかのように、頭を押さえた。
お気楽極楽にも、ほどがある。
本当に命を狙われているのかと、少しだけ疑いたくなるが、時折東大寺が見せる沈んだ表情が、愛美の不安を掻き立てるのだった。