案件4 きみにあいたい 35
その東大寺は、部活が終わるや否や、さっさと自分の二年の教室に行ってしまった。一時間目の英語で当たるのだそうだ。
予習をしていないので、誰かに写させてもらうと言っていた。相変わらず、留年しても懲りない奴だ。
下駄箱で靴を履きかえ、三階に上がる。
部活に出ていなかった阿部哲郎を心配して、直哉は四組の教室を覗く。
二年の時同じクラスだった中田に聞くと、まだ来ていないと言われ、月曜日早々休みかと思っていたら、当の哲郎がやってきた。
「何やってたんだよ。サボリか。二年のユタカの奴もきてなかったんだぜ。今日」
佐藤裕は、一年で唯一スタメンに起用された、鳴りもの入りのルーキーだった。
自分達が引退した後は彼と、そして留年した東大寺が引っ張っていってくれればと直哉は期待している。哲郎は短く、
「電車、事故」
と言ったまま、俯いている。どうかしたのかと、直哉は哲郎の顔を覗き込んだ。
「何、どうした? 顔色悪いぜ」
本当は身体の調子でも悪いのだろうか。哲郎は青冷めている。
「ユタカはもう来ない」
哲郎は顔を俯けて、ボソボソと言った。普段のもの怯じしない態度が、嘘のようだ。
直哉は訳が分からない顔になる。
「は……? え……? 何で。部活止めるとか」
それは何としても避けたい。しかし彼が来ない理由は、直哉の全く思ってもみない形で現れた。
「アイツ死んだんだよ。ほら、俺アイツと駅が一緒じゃん。たまに同じ車両に乗り合わしたりしてたんだよな。気ぃ使わせたら悪いから、一緒にならないようにしてたんだけどさ。いつもみたいにアイツが先にきてて、ああいるなって思ってて、電車がきたと思ったら……凄い騒ぎだろう。アイツがホームに転落したんだ。助からないだろうってさ」
哲郎は堰を切ったように喋った。言うだけ言うと落ち着いたらしい。もう普段の表情に戻っていた。
「自殺なのか?」
哲郎はさあと首を傾げた。
今日の夕刊にでも載るだろうし、ニュースにも取り上げられるだろう。明日にでもなれば、その話題で学校中持ちきりになるかもしれない。
「分かんないけど、事故だって。電車に輓かれるなんてな」
今の気分をどう表現していいのか、直哉には分からない。それは哲郎も同じらしい。二人とも珍しく押し黙ってしまった。
「分かんねーな。悩みなんてなさそうに見えたけど」
やっぱり自殺なのだろうか。自殺の理由はなんだろう。