案件4 きみにあいたい 33
力も強いし、こうして真面目な顔をしていると、年相応の一八才の青年に見えた。東大寺も男なんだと思って怖くなる。
まさか、東大寺に限って変な真似はしないだろう。そんなことは、取り越し苦労に過ぎない。
愛美にしがみついている東大寺は、まるで小さな子供のように感じられた。
愛美は母親のような気持ちで、東大寺を抱き返した。
東大寺からは、枯草と太陽のような匂いがする。小犬みたいな、乾いた匂いだ。
愛美は、ひどく満たされた気分になった。日溜まりにいるような感じだ。
だが、その胸に秋風のような冷たいものが忍び込んでくる。
東大寺の台詞。堪忍してくれ、ちひろ。
「ちひろって誰ですか?」
嫉妬? そんなものではない。東大寺の彼女の名前だと言われたって、別に愛美は何とも思わない。
夢の中で、何を謝っていたのだろう。
東大寺は、身体をこわばらせていたが、やがて諦めたように力を抜いた。愛美がその名前を知っていたことに、驚きを隠せないようだ。聞かれたくないことだったらしい。
「俺の死んだ妹。俺の所為で死んだんや。今はそれだけで勘弁して」
死んだ妹……か。妹がいたなんてことも、それが亡くなっていたことも、愛美にはどちらも初耳だった。
東大寺が関西出身なのは、話し言葉を聞けば自明だが、両親ひいては家族や生い立ちについては、一度として本人の口から語られることはなかった。
両親が健在なのは、いつか那鬼(綾瀬の弟で本名は桐生晃)を追って大阪に行った時に聞いた。墓参りに行くと言っていたのは、もしかすると妹の為だったのだろうか。
東大寺が自分の家族について話さないのは、家族を惨殺された愛美の感情を配慮してのことかと思っていたが、それだけではなかったようだ。
東大寺の固い横顔が、愛美のそれ以上の詮索を拒んでいる。
愛美は東大寺の左手に巻かれた包帯を見ながら、胸の中に黒い疑惑がムクムクと頭をもたげるのを感じた。
今日の昼間、東大寺が危うく車に輓かれそうになった時、あの時も彼は今と同じような表情を浮かべていた。
何も話すことはないという強い拒絶の色を見て、愛美は全ての問いかけを飲み込まざるを得なかった。
妹にまつわることで、何か辛い思い出があるのだろうか。愛美には推測することしかできない。
こんなに近くにいるのに、何も東大寺のことを愛美は知らない。無言で愛美を抱いたままの東大寺が遠い存在に思えて、愛美は力を込めて東大寺を抱き締めた。
抱いているのか、抱かれているのか。
身を寄せ合う小さな獣のような、心細さを愛美は覚えた。