案件4 きみにあいたい 32
「別に、何も見えませんでしたけど?」
愛美は内心の動揺を気どられない為にか、わざと素っ気無い返事をしてくる。
東大寺は考え込むように、口をへの字に曲げた。
(俺にしか見えへん? やっぱり幽霊なんか)
「何か視えたんですか?」
訝るような愛美の視線に出合い、東大寺は口を濁したまま、黙り込んだ。何と言えばいいのか分からなかった。
愛美はそれを知ってか知らずか、半ば強引に、話題を今夜の夕食の話に変えた。東大寺は安堵したものの、それ以上会話を続ける気にはどうしてもなれなかった。
(俺は狙われてるんか?)
*
英語の予習を済ませてから、シャワーを浴びると、もう十一時を回っていた。
愛美は生乾きの髪を手櫛で梳きながら、キッチンの冷蔵庫を開けた。
今日買ったばかりだというのに、牛乳がもう少ししか残っていない。東大寺の飲みっぷりがよすぎる所為だ。
朝食に飲む物がないなと思いながら、残っていた牛乳を半分ほどコップにあけて、一気に飲み干した。残りの半分をもう一度コップに注いで、空になったパックをゴミ箱に捨てる。
学校の帰りにでも、東大寺に牛乳を買ってくるように言わなければ。
東大寺はもう寝てしまっただろうか。長門が夕方頃出かけていって帰ってきていないので、愛美と東大寺の二人っきりだ。
飲みかけのコップを持って愛美が、リビングに行くと、東大寺がソファで横になっていた。
自分の部屋に戻らず、そのまま眠ってしまったようだ。服も着替えていない。
いつから寝ていたんだろう。愛美は部屋にいたので、気付かなかった。
こんな所で寝てると風邪をひく。
テーブルにコップを置いた。
愛美が鼻でもつまんでやろうかと思った途端、気配でも察知したのか東大寺は眉を顰めた。
うーんと唸り声を出す。怖い夢でも見ているのだろうか。愛美が心配になって声をかけようとしたその時、
「千……すまん。堪忍してくれ。千尋」
ちひろ?
東大寺は自分の寝言で目が覚めたのか、ガバリと身体を起こした。しかし完全に目覚めていないらしく、惚けたように愛美の顔を見つめている。
「東大寺さん。魘されてたけど、大丈夫?」
返事はない。
「汗びっしょり。怖い夢でも見たの。タオル持ってくるね」
気を利かして愛美がそう言うと、東大寺は愛美の腕を掴んで強引に引き寄せた。
「愛美ちゃん。ちょっとそばにおって」
東大寺の腕に抱きしめられる形になって、愛美は少しドギマギとする。