案件4 きみにあいたい 31
東大寺は驚愕の表情を浮かべて、どこかを見つめていたが、突然ガードレールをひと跨ぎで跳び越えると、車道に飛び出した。
「って……千……。行くなーっ!」
車道に走り出た東大寺の前に、おりしも一台の車が、
「東大寺さん!」
愛美は、悲鳴を上げて目を閉じた。
急ブレーキを踏む音。
僅かな間を置いて、男の怒鳴り声が響き渡った。愛美は目を開く。
「何してるんだ。死にたいのか」
中央分離帯の側で、東大寺が尻餅をついているのが愛美の所からでも見えた。
東大寺は無事だった。ずば抜けた反射神経のお陰だろう。後続の車がなかったことも幸いした。
愛美は足が萎えて、ふらふらとその場にしゃがみこんだ。本当に、何をしでかすか分からない人だ。
「危なーっ。マジ今危なかったって。死ぬかと思った」
東大寺は、今度は車がこないのを確かめてから、戻ってきた。とぼけた表情を装っているが、東大寺も少しは肝が冷えたらしい。語尾が震えている。
しかし相も変わらぬ天然ぶりは健在で、愛美から見る限り動揺した様子は見られない。殴ってやりたいぐらいだが、流石に人目もあり控えた。
二人はあたふたとその場を立ち去る。
さっきの場所から随分離れた時点で、愛美はようやく肩の力を抜いた。東大寺は何を考えているのか分からないぼーっとした顔で、愛美の隣を歩いている。
それにしても、さっきの東大寺の行動は不自然過ぎる。いきなり何もない車道に飛び出るなんて。
その前、東大寺は何かを見ていた。何を見ていたのだろう。何があったのだろう。
どうして突然飛び出したのかと尋ねるかわりに、こんな言葉が愛美の口をついて出た。
「そう言えば、最近、星成西高校の生徒が事故死しましたよね」
東大寺は、仕事であっちこっちの学校を巡り歩いているが、基本的には星成西(私立の男子校)の生徒だ。
愛美はといえば、今のところ流れ流れる流浪の旅を続ける転校生である。
気にいった学校があれば、そこで落ち着けばいいと綾瀬からは言われているが、どす黒い内情を知り、なおかつ因縁の絡んだ学校に誰が腰を据えたいと思うか。
「知ってたん? 偉いねんな。ちゃんとニュース見てるんや。実はな、俺のバスケ部の後輩やねん。堀田光治ってな」
愛美が何か口を開きかけたのを、東大寺は問いかけでもって制した。
「愛美ちゃん。さっきあそこに何か見えへんかった。何か感じへんかった?」