案件4 きみにあいたい 30
年齢とは別に、確かに東大寺にとっては厄年かも知れない。
隣の部屋に住んでいた大学生の、寝煙草が原因だそうだ。
それはボヤ程度で済んだらしいが、東大寺の部屋も煽りを喰って水浸しになったらしい。
改築をする間だけ他所に移って欲しいと大家に言われた東大寺は、当分住む所をなくしてしまった。
「ほんまに迷惑この上ないわ。ちょっとの間あのマンションから学校通わな。俺の睡眠時間をどうしてくれんねん。ああ、でも夜這いはかけ放題やな。新婚生活なんてな」
東大寺はウハウハと笑っている。
他の男だったら絶対下品に聞こえるが、東大寺のカラリとした関西弁は決して嫌らしくは聞こえない。
綾瀬の所有するマンションからだと、東大寺の通う星成西高校は少し遠くなる。バスケの朝練があることを考えれば、その距離は痛いだろう。
夜這いなんかかけていたら、睡眠時間に響くだろうに、自分の言葉の矛盾にはてんで気付いていないようだ。
「そんな気、更々ない癖に」
東大寺には、聞こえていなかったらしい。きょとんとした顔をしているが、愛美は笑って何もないと首を振った。
東大寺のはあくまで冗談に過ぎない。綾瀬のような、どこまで本気でどこまてが冗談なのか分からないのは始末に困る。
初めの内は、父親ではない赤の他人の男と、同じ一つ屋根の下で暮らすのはどうかとも思ったが、今では全然何とも思わない。――いや、問題ならある。長門とは反りが合わないという大問題が。
しかし本業が学生である愛美と、夜型の生活の長門と、二人の仕事のサイクルは違うので殆ど顔を合わせることもない。長門など、いるのかいないのか分からないし、いてもいなくても同じだった。
一人分だと材料が余るので、食事時にいると彼の分も作ってやったりするのだが、別にそれをどうとも思っていないようだ。
失敗して焦げたり、生煮えでも文句は言わない分、手間はかからないことはかからない。もしかしたら、味覚音痴なだけなのだろうか。
愛美の手料理を食べた東大寺は何も言わなかったが、流石にまた作ってくれとは二度と言い出さない。自分で作っているのだが、独り暮らしが長い分か、愛美などよりはるかに料理はうまい。
いつの間にか東大寺を置いてけ堀にしていたことに気付き、愛美は足を止めた。振り返った愛美の眉が、訝かしげに顰められる。
東大寺が両手にしていた荷物が、みんな地面に転がっている。