案件4 きみにあいたい 24
夜中の両親の喧嘩。幾度となく繰り返された不毛なやりとり。
妹が眠っていてくれているのが、まだしもの救いだった。まだ何も分からない幼い妹に、親のこんな姿は見せたくはない。
「ほんまに俺の子か?」
胡散臭そうな父親の顔付き。
今の彼なら、絶対母親にそんな甲斐性はないだろうとツッコミを入れたことだろう。
「な……なんてこと……あんたの子やないんやったら、誰の子やのよ。ウチは悪魔の子を生んだんか?」
母親の啜り泣く姿を、哀れみを込めて眺める。
彼は、自分が夢を見ていることに気付いている。もう何年も昔のことだ。
時々こうして夢になって出てきては、自分が疎まれた存在だったことを彼に思い出させる。
当時小さな胸を痛めたことも、今となってはとるに足らないことだ。
「ボクゥ、何にも悪いことしてへんでぇ」
舌足らずの子供の声。
自分の声だと、すぐには彼は分からなかった。両親がいっせいに、驚いたように彼を見る。
まさか起きているとは思わなかったのだろう。
両親の顔に後ろめたさからくる狼狽ではなく、彼に対する畏怖が浮かんでいた。
その時受けたのと同じショックが、夢の中の彼をも襲う。この時初めて、両親ですら彼を庇護してくれる者ではないことを知ったのだ。
彼はこの時から、親を見捨てた。見捨てられたのではない。見捨てたのだ。
――俺ハ、生マレテキタラアカンカッタンカ?
風景が転換して、夢の中の時間も経過する。
これは、そう。何年か経って、彼が小学校に入学した時だ。
彼は両親の言いつけを守る、大人しい子だった。その時彼は、近所に住むクラスメイトの家の庭で、ボール遊びをしていたのだ。
友達の母親が、おやつの時間だと彼らを呼びにきた。彼が投げたボールを掴み損ねて、友達は門扉から飛び出したボールを追って走っていった。
家の前は車道になっていて、普段からきつく両親によって交通事故には気を付けるように言われていた。
ボールを拾い上げた友達が顔を上げるのと、その子の母親の悲鳴は同時だった。軽トラックが、急ブレーキを響かせながら突っ込んでくる。
母親が駆け寄る。間に合わない。
彼はその時、何かを考えてやった訳ではなかった。
気が付けば、両手を思いきり前に出して、何かを弾き飛ばすような動作をしていた。
どおんという凄い音がして、軽トラが横転する。彼自身が一番驚いていたと言っていい。友達はボールを抱えたまま、きょとんとした顔で立っていた。