案件4 きみにあいたい 23
「君は超能力者なのか?」
「陰陽師の末裔」
オンミョウジ。その言葉は、萩原の耳を異物のように掠めた。
陰陽道と言えば、古典で習った覚えがあるぐらいだ。陰陽道の考え方による、方違えや物忌みといった宗教上の束縛が、当然のように習俗として平安時代には行われていた。
あとは伝説的な陰陽師、安倍晴明にまつわる伝承が今昔物語に残されているぐらいなものだろう。
そう言えば平安の一時期ではあるが、日常生活に深く密着していた陰陽道であるにも関わらず、日本史の教科書には殆ど記載されていない。
それも不思議と言えば不思議だ。
「なんてね。それは嘘よ。異能力者と言うしかないでしょうね。超能力者なら他にいるから」
愛美の最後の呟きは、もちろん萩原には通じなかった。愛美はつまらなそうに、〈明星〉を空中で消した。
別に殺すつもりはない。こんなことでも、脅し程度にはなるだろう。
綾瀬が幻術と呼ぶ目眩ましの術すら、陰陽師としての素質のない愛美はマスターすることができない。
何の為の力なのだろう?
鬼道が全てを制する力であろうとも、使い熟せないのでは何の意味もない。
「東大寺さんに頼んで、始末してもらおうかしら」
能面のように表情のなかった顔が、いつしか普通の年頃の少女らしいものにとって代わっている。
東大寺が始末=記憶消去だが、萩原にはこれも通じない為、いったん安堵したらしい顔は、再び強張っていた。
愛美は咄嗟にきびすを返すと、硬直したままの萩原の横をすり抜けて路地を出る。
「私は……誰?」
それは、愛美自身が一番知りたいことだ。
萩原は思わずギクッとした。愛美の声は、手を差しのべたくなるような、よるべない子供のようだった。
愛美の気配が消えるのと同時に、萩原の金縛りが解けた。
なぜか、彼女に声を掛けることはおろか指一本動かすことができなかった。自分とは、十才も年の離れた少女に、威圧されてしまう。
萩原は慌てて、少女の去った通りに目を走らせたが、もちろん辺りには少女の姿はもうなかった。
また、してやられた。
その肉親の不可解な死を始めとして、近藤愛美の周りで起こった未解決事件の数々。
そして、〈何でも屋〉と呼ばれるSGAという会社の存在。
――君は誰なんだ?
*
彼が尿意を覚えて目を開けると、布団に光の筋が落ちていた。襖が閉まりきっていなかったらしい。
隣室から、いがみ合う声が洩れ聞こえてくる。