案件4 きみにあいたい 20
なめくじに塩をかけると溶けるというが、溶けたら死んでしまうのではないか。いや、確か浸透圧がどうとかで……。一応これでも東大寺は理数系だ――本当の話。
「コウ……堀田君は事故にあって病院に運ばれたんですけど、何回か意識が戻った時に、蓉子ちゃんを見かけたって何度も言ってたそうなんです」
それだけでは伝わらないと思ったのだろう。渡辺新吾が慌てて付け加えた。
「蓉子ちゃんと光ちゃんと僕は、小さい頃は仲がよかったんです」
東大寺は、分かったというようにポンと手を打った。
浸透圧で思い出した。そうだ。青菜に塩だ。青菜に塩をかけると、濃度の差で水分が出てくたっとなるのだ。
それで何の話だったけ。なめくじは、かたつむりが殻を脱いだ姿か否か、だったろうか。
流石に不真面目だったことに東大寺は気付いて、顔を引き締めた。
「ああ。堀田は、その子を見かけて思わず車道に出てしもたんか?」
渡辺は、東大寺の頭の中など知る筈もなく、素直にこくんと頷いた。
「でも彼女、僕らが小学校の頃に死んでるんです」
東大寺の頭の中で、なめくじが一瞬にして蒸発した。
*
少女は大通りの雑踏から外れると、細い路地へと入った。ブレザーの背中で、ポニーテールの髪が軽やかに揺れている。
見張りを始めて三日。
萩原は、毎日規則正しく学校と家とを往復するだけの少女の生活に、そろそろ飽きていたところだった。
じかに話を聞きたいのは山々だったが、いつかの脅しの手前もあり、いま一歩踏み込めずに少女の行動を監視するだけに留まっていた。
近藤愛美が着用している制服は、白藤商業のものだ。
彼女は今度は藤商の生徒として、何かの事件に関わっているのだろうか。外から窺った限りでは、事件らしい事件もなく、どことなく煙臭い話も聞かれず、萩原には何も分からなかった。
その近藤愛美は突然歩みを止めると、
「いい加減、尾行回すの、止めて欲しいんですけど」
可愛い顔からは、想像もできないような厳しい声だった。
やはり気付いていたのだ。ずっと以前になるが、尾行をまかれたこともあった。気付いていながら今までは見逃していただけなのだろう。
近藤愛美はくるりと振り返ると、きつい一瞥を萩原に与えて寄越した。あまりご機嫌がよろしくないらしい。
こうなると仕方がない。覚悟を決めて、萩原は姿を少女の前に晒した。