案件4 きみにあいたい 19
「あっ……え……はい。渡辺新吾です。あの、僕、あなたがあの有名な東大寺先輩だとは知らなくって……」
溜め息が出そうになったが、東大寺は無理に笑顔を作った。
憂鬱ということはないが、少し面倒臭い。相手が気を使うとこっちも気を使う。
「先輩やあらへん。今は同じクラスメイトや。それに年上やからって、丁寧語はやめてくれん? 何や有名人言うても、別な意味でちゃうんか。学校には来ぇへんわ、頭も悪くて留年なんかしとるし」
渡辺新吾は、目の前で手の平をパタパタやる日本人がよくやるジェスチャーをした。
「あっ、僕なんか取り柄も何もないから、スポーツが出来る東大寺先輩が羨ましいです。いいですよね。何か一つ取り柄があったら」
まあ、お世辞にもスポーツマンタイプにもガリ勉タイプにも見えない。
「何や、お前。可愛い顔して結構きついこと言うな。俺の取り柄は運動神経だけか?」
綾瀬に言えば、それ以外に取り柄があったのかとでも言われそうだ。東大寺はつまらないことを考えてしまったと、ムッとした顔になった。
「済みません。僕、そんなつもりじゃ」
「いちいち謝らんでええし。僕、僕言うな。何や気色悪いわ」
これだから、関西人は性格がきついと言われてしまうのだろう。
渡辺新吾は、○○に塩のようにしゅんとしてしまった。○○に入る言葉をあてなさい。はて? 何に塩だったろう。なめくじだろうか?
もし今、渡辺が東大寺の思考を読むことができれば、人選を間違えたことに即座に気付いただろう。しかし残念ながら彼は、超能力者でも何でもない普通の少年だ。
渡辺新吾は、何か話したいことがあるらしい。立ち去り難そうにしている。
東大寺は一時思考を中断して、少年に向き直った。どうかしたのかと問うと、渡辺新吾はためらいがちに話を始めた。
ためらうぐらいなら言わなければいいものを。
東大寺はポーズだけは話を聞く態勢をとっているが、その実頭の中は脈絡のない雑念で一杯である。
「実は、僕。堀田君と幼馴染みなんです。中学の頃は部活があっても毎日のように遊んでたんですけど、高校に入ってコウちゃ……堀田君はバスケの練習で忙しくって、あんまり付き合いもなかったんです。でも親どうしも仲がいいから、色々話とかは聞いてて……」
要領の得ない話し方だ。東大寺は適当に相槌を打った。